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面白さをつたえること

 皆さんこんにちは。実行委員の佐藤剛士です。去る2月15日に実行委員内で模擬討論会をしました。5月に行われる公開討論会ですが、なにぶんこの企画、初めての試みですのでどのように進行すればいいのか、とんとわからないという状態。じゃあ、一度やってみようということでやってみたのです。

 おかげで改善点もたくさん見つかり、観客を沸かす段取り、演出考えました。実行委員一同本番の討論会を盛大に盛り上げるつもりです。お楽しみあれ。

 私は討論する側として参加しました。皆さん私の思いもよらない解釈をしてその本の魅力を引き出していてすごく面白いと思いました。

 

 さて、私自分の討論をするにあたってとても悩みました。討論、つまりその本がいかに薦めるに値するのかを主張する場をいただいたということです。自分が担当になった本、自分でも楽しいと思ったのです。楽しいと思ったのでサークル内の先輩に同意を求めてみました。

 

「これ、おもしろいですよね。」

「......いや~全然だめだね。つまらない。」

 

......そ、そうですか、そうなんですか、嫌いですか。い、いや、諦めてはいけません。討論だって、推薦文だって、そこから始まるものだと思います。私は言葉を尽くしてその本の面白さを説明しました。でも、説明すればするほど空回っていくのを感じたのです。

 

 それもそのはずです。私は感覚的なおもしろさについて説明していたのですから。おもしろさにも二つあると思います。英語で言うところのfuninteresting。前者はエンターテイメントの映画を見て興奮したり、漫才のネタに笑ったりする感覚的なもの。後者は純文学が得意とする人生のテーマのような、感覚では割り切れないもの。

 人の感覚はそれぞれなので、私がfunとして反応したところに先輩が反応できないならいくら説明したところで進展はありません。もっと先輩にも関係のある説明をしなければいけないのです。

 

 だから本の面白さを伝えるなら、先輩にも関係のある後者での説明が必要になるのです。

 

 ......が。私、そういうものの説明が非常に苦手だってことに説明をしていて、気がつきました。funとしての面白さを伝える言葉が全部使えなくなった状態で、さて何を語ろうかなと考えたら、なんにもなくて、そんなはずはないと、色々色々色々色々考えていたら、収拾がつかなくなって、何を言っているのか自分でも分らなくなってしまったのでした。本の分析はできるのです。どんな世界観で作られているのかなど。じゃあそれがいったいどんな意味を持つのかというのが問いにうまく答えられなかったのでした。

 自分の説明の甘さをつっこまれて、ちょっと自信をなくしたのが討論会前日。このままじゃ、討論会を迎えられない、というわけで寝ないでまとめ直すも成果は出ず、うんうん唸ってようやく形になるものを考えだせたのは討論会が始まる一時間前でした。

 討論では一応形になったものを出せたので良かったと思うのですが、結局先輩を納得させることはできませんでした。少し悔しいです。

 

 人はいろいろな感性を持っています。自分とは感性の違う人にどうやってその本の面白さを伝えるか。その難しさを思い知った出来事でした。

(佐藤剛士)