人類は衰退しました

  • 『人類は衰退しました』

  • 田中ロミオ
  • 小学館ガガガ文庫
  • 600円(税込)
  • 2007年5月
  • 人類は衰退して、地球は妖精さんのものとなりました。身長10センチで3頭身、お菓子が大好きな妖精さん。主人公はその妖精さんと人との間を取り持つ調停官になり、小さくて愛くるしい彼らと接触を試みます。

最優秀推薦文

意欲の無い研究者

推薦文No.2-3
日本大学文理学部小説研究会

 本作には、ホモ・サピエンスのニュアンスでくくる人類が文明の表舞台にいない。数世紀を経て徐々に人口が減るうちに、文明の大半を放棄していったためである。現在時点では小さな集落に寄り添うように集まって、争いも無く牧歌的な暮らしを営んでいる。

 代わりに人類の名を冠するのは全長十センチの妖精さん。コロポックルのような格好で、決まった住みかを持たず人前には姿をほとんど見せない。甘いものと楽しいことに群がり、尋常でない技術力を刹那的な遊びに傾注する謎の多い生物である。
 主人公は学校制度からの最後の卒業生であり、新人類である妖精と旧人類とを取り持つ新任調停官である。とはいえ仕事は妖精と戯れることぐらいしかない。手作りのお菓子をあげてコミュニケーションをとって、じかに彼らの生態を理解していく。
 主人公達旧人類には日々を生きる以上の野望がない。決して窮乏しているわけではなく、むしろある程度豊かである。先人の遺産である科学技術の残滓を解析し、復興を目指すこともしない。縮小した生活圏と不便さに満足しきっている。妖精とのやり取りでも日常生活に関しても、主人公は極度に消極的であり職務上の知識欲で行動する。先任調停官である祖父も豊富な含蓄を備えてはいるが、一日一日をただ趣味に興じて費やすのみである。表題にある衰退とはこの覇気の無さにある。
 表題は「人類は衰退しました」と過去形であり、人類をすでに衰退しきった状態であると規定している。しかしここで言う人類とは、新人類としての妖精も含む。彼らは無邪気ではあるが、自らの為にのみ行動するという点で旧人類である主人公と共通する。積極的に版図を広げることもない。物語上における設定として由来不明の膨大な技術を持ち、ただ浪費するだけなのである。
 主人公は学舎で得られる知識を詰め込めるだけ詰め込み、元学生として真っ白なスタートを切る。知識では祖父に大いに遅れをとり、妖精との交流ではうかつなミスで重大な事態に陥る。調停官としての無能を自信たっぷりな言い訳で見苦しく取り繕う。お菓子作り以外にさしたる取り柄もなく、適度に手を抜いた日々を送るのが目標。世の中を甘く見ている未熟な人間の典型である。
 そしてこの人格は読み進める過程で読者に多少なりともフィードバックしていく。自らの未熟と出会い、さまざまな探求の情熱があるがゆえに徒に時間を費やしてしまう人こそ、最もこの読書の快楽が大きくまた自己を省みることができる。学究の徒であると同時に日々のさまざまの楽しみとの狭間で揺れる大学生に読んで欲しい。穏やかな知識欲と共にお気楽に行動する主人公の行動が他人事に思えないはずである。
 さて、本作は二人称である。開けっぴろげに思い悩み時として読者に語りかけてくる地の文は、読者と物語世界の距離をより縮める。その気安さは地の文にひいては主人公の価値観に感情移入する手助けにもなる。主人公の言い訳は読者の耳を痛くするし、安易な妥協でさえ共感を持って読み取ることになる。
 とはいえ本作は適当にページを繰るだけでも十分に面白い。一昼夜にしてあらゆるものを作り上げる破天荒な妖精と主人公のやり取りは軽快なテンポで進んでいく。祖父との会話は軽い筆致で衒学的な重みを見せ、主人公は打算的ながら臆病で憎めない。ぱらぱらと進めていける楽しみがある。

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