幼年期の終わり

  • 2008大学読書人大賞 受賞作品

    『幼年期の終わり』

  • A.C.クラーク
  • 光文社古典新訳文庫
  • 780円(税込)
  • 2007年11月
  • 地球に突如現れた大宇宙船団。オーヴァーロード(最高君主)と呼ばれる彼らは、人類を理想社会へと導いていく。彼らの真意は? 人類はどこへ向かうのか? なお、新しい第一部の訳が読めるのは、この光文社版だけ。

人類平和と異星人の憂鬱

推薦文No.5-2
一橋大学文芸部

 ある日地球の上空に突如として巨大な宇宙船があらわれた。オーヴァーロード(最高君主)と呼ばれる異星人は国連事務総長を通じ、人類共通の国家を建設し、地球にいまだはびこる差別や戦争の根絶を促すべくその船の中から間接支配をし始めた。

オーヴァーロードは50年後に初めて人類の目の前にその姿を現すと、それはなんと人類が古くから思い描いてきた悪魔の姿とまるで同じであった。悪魔の姿は人類の最後の年月の記憶と結び付けられたオーヴァーロードの歪められたイメージであり、彼らオーヴァーロード達は人類が自分達の姿を見て誤解する事を恐れ、人類との信頼と友情が十分に深化するのを待ち、その真の姿をあらわしたのであった。
 人類のそれまでの歴史を「幼年期」と考え、人類がオーヴァーマインドというオーヴァーロードをも統べる集合精神との一体をとげて「成人」するという通過儀礼をドラマに仕組み、この物語は進められてゆく。オーヴァーロードたちは既に進化の袋小路に位置し、オーヴァーマインドとの一体の可能性は閉ざされており、ひたすらオーヴァーマインドの意志に従い、人類を監察するだけというという隷属の状態にあった。メタモルフォーゼを遂げ、オーヴァーマインドと一体になろうとする新人類を彼らオーヴァーロードはただ遠く宇宙の暗闇の中で見届けることしかできなかった。
 この物語は異星人の目によって人類を客観的に眺めようとする巨視的な仕組を根底に据えた、高度に哲学的な作品である。真の平和のあり方、そして生きるものの宿命。異星人という他者を介在することによって、こうした人類の根源的なテーゼが強調された形で浮き彫りにされる。その思弁的な世界観が詩的でナイーブな叙情性、異星人達のセンチメンタルにより表現されることによって、我々の感性を根底から揺るがし、まさに我々の目の前にその根源的テーゼを突きつけるのである。
 物語は旧人類が絶滅し、既に人間の感性が受けつけなくなった世界の中で、オーヴァーロードたちに人間的な視点を託し、悲哀の念を我々に訴えかける。我々オーヴァーロードはオーヴァーマインドにはなれない。しかし君達はなれる。我々はただ定められた運命の中で生きることしかできない。必然に従うことしかできない。力と美にあふれたこの大宇宙と一体になることは決してできない。生きとし生けるものが持つ普遍的なセンチメンタリズムが物悲しくも力強く語られる。
 本書はSF界の巨匠アーサー・C・クラークが1953年に発表し、1989年に第一部に改稿を施した"Childhood's End"の邦訳版である。89年の改稿バージョンを邦訳したのは本書が初である。第一部は米ソの宇宙開発競争から、米ソ冷戦の終結を織り込み、人類が協力して宇宙事業に取り組むという設定に組み替えられ、時代も1970年頃から21世紀の初頭へと変更された。初期設定が我々の今まさに生きている時代に舞台が変更されることによって、また"いま、息をしている言葉で"この名作が訳し直されたことによって、より身近な視点でもってこの作品をとらえ直す契機がうまれた。同時代性が与えられたことにより、本作品を読む意義はいっそう深まったと言えよう。
 科学技術の本質について追求し、世界平和への道を示し、そして人類の存在価値という根源的な問いに読者をいざなう本書は文学の世界において最前列に位置した最高傑作のひとつである。戦争や差別、いまだ多くの問題を抱える現代に生き、それらの諸問題にこれから向き合い、解決してゆかねばならない若き世代が本書を読む価値は非常に大きく、本書は多くの大学生・大学院生が読むべき珠玉の一冊である。

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