ゼロ年代の想像力

  • 『ゼロ年代の想像力』

  • 宇野常寛
  • 早川書房
  • 1,890円(税込)
  • 2008年7月
  • ゼロ年代に入ってから大きく変化していく時代と文化状況。この10年で生まれたサブカルチャーの想像力の変遷から、現代を語る。SFマガジンに連載中から話題になっていた批評に、さらに加筆修正した一冊。

味わうのみではなく、少し突き放した位置から眺める

推薦文No.4-1
法政大学文学研究会

 『ゼロ年代の想像力』は2007年から2008年にかけて早川書房発行のサイエンス・フィクション専門誌「SFマガジン」に連載された評論に加筆修正を加えた評論集である。2000年から2008年までのおよそ八年間を「ゼロ年代」とし、その間に発生したテレビ・アニメ・小説等の国内における物語文化の移り変わりを辿っている。
 当然ながらそこにストーリーはない。読んだところで感動や興奮は得られない。大学読書人大賞のコンセプトにある「面白い本を読みたい!」でいうところの「面白さ」があるかどうかというと、まあ、なんというか、ちょっと微妙である。反面、他の五作の推薦作はさすが文芸サークルに属するほどの筋金入りの読書家達が厳選しただけあり、読み始めたら止まらなくなる稀代の逸品ばかりであった。推薦作を絞るためだけに読んでいたはずが、結構本気で泣かされてしまった。
 それほど良質な作品が揃っている中で、何故あえて『ゼロ年代の想像力』を推薦するのか。大学生に読んで欲しいとこの本を掲げる理由は何か?
 それは『ゼロ年代の想像力』が、現代のサブカルチャーの根底を探るものであるからだ。
 ゼロ年代を生きる大学生に、アニメ・マンガ・ドラマ等のいわゆるサブカルチャーに触ったことのない者は恐らくいない。しかしそれほど広く親しまれているにもかかわらず、それらはひとつの文化として論じられることはほとんどない。好みに合わせて分岐した現代のサブカルチャー全てを把握するのは難しい――消費者がサブカルチャーを選び取る規準は、「私はこういうのが好きなんだよね」という好みによるものが大半であるからだ。ジャンル内の流行り廃りはあっても、たとえどんなに有名なものでも好みに合わないサブカルチャーを、消費者はわざわざ選ばない。テレビドラマが好きでアニメは見ない人はアニメに対して「アニメなんてつまんなーい」と食わず嫌いをしてしまいがちだし、恐らく逆もまた然りである。それ自体に問題はない。それぞれ好きなものを好きなように楽しむべきだ。しかし、それぞれの存在を認めあい、今のこの時代に発生した意義を問うのは、個人の好き嫌いとは別物だ。サブカルチャーを好みによる選別から切り離すことで、知識として解体し、ひとつの流れとしてまとめあげたのが、この『ゼロ年代の想像力』である。
 それらのサブカルチャーは、形態はバラバラであっても流行や世相に影響を受けている。それが商業である以上、最も大きく反映しているのは、私たち消費者のニーズである。サブカルチャーの根底にあるものを探ることはゼロ世代の消費者の要求を辿ることであり、それは大きな面を見れば社会全体を、小さな面を見れば消費者としての自分自身を探ることに他ならない。
 私はこの『ゼロ年代の想像力』を読んで、初めて触れる思考に目から鱗の思いをした反面、自分なりに「その作品の解釈は違うのではないか」と疑問を持つ箇所もあった。これまで批評らしき批評に目を通したこともなかった私がそうなのだから、東浩紀のポストモダン論や大塚英志のサブカルチャー文学論を支持する人はより強い反感を憶えるかもしれない。しかし、読者が抱くのが反感であろうとも共感であろうとも、受け入れるにせよ受け入れられないにせよ、「どうして自分はそう思うのか?」と考えてみて欲しい。その意見はそのままゼロ年代を生きる消費者の、サブカルチャーに対する批評になるはずだ。
 与えられる作品をただ味わうのみではなく、少し突き放した位置から眺めてみるきっかけとして、是非とも多くの人々にこの『ゼロ年代の想像力』を読んで欲しい。

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