とある飛空士への追憶

  • 『とある飛空士への追憶』

  • 犬村小六
  • 小学館
  • 660円(税込)
  • 2008年2月
  • 自国の次期皇女をのせ、傭兵飛空士が敵包囲網突破任務に挑む。混血のために差別を受ける主人公と、決められた未来が不満なヒロインの切ない恋。そして絶望的な状況を凌ぐ空中戦の二つが織りなす、王道ファンタジー。

最優秀推薦文

今こそ、王道を

推薦文No.5-1
中央大学文学会

 「王道が好きだ」と胸を張って言えなくなってしまったのはいつからだろうか。ひねくれた作品が人々の大きな支持を得るようになって久しい。「王道」は「ありきたり」「ベタ」という言葉と置き換えられ、「王道が好きだ」と言うことは物語に対する思考停止に等しいとすら、思われているのではないか。今という時代が、最早王道を要請していないのだ。
 確かに王道は語られすぎた。工夫もなく、覚悟もなく、王道を語ってしまう作品が多く作られた。王道というフォーマットに力があるが故に、力のない者はその権威に安易に飛びつく。それらは確かに「ありきたり」の謗りを免れない。人々が王道に飽きるのも無理はない。
 また王道を物語ることは非常に難しい。人の歴史の中で、数え切れないほどの優れた王道物語が作られてきた。王道を物語るということは、その偉大なる傑作と比較されるということに他ならない。確たる意志を持っていても、どんなに技術が優れていても、歴史的名作の前に膝を屈することはままある。
 王道を語ることが難しくなった現在では、王道を相対化することではじめて成立する作品が増えた。優れた王道を作ることが難しいのならば、既に権威たる王道と相対することで、権威・評価を獲得しようという試みである。そしてそれは、王道のちょうど逆を行くような作品が多く支持されていることを考えると成功しているように思える。一方で相対化された王道物語は創意工夫のないものとして認識される。
 しかしそれでも王道物語は、絶えず語り続けられている。古くから愛され、人の心を動かしてきた、王道だからこそ持つ輝きがあるからだ。それは我々人間の根元に訴えかける絶対不変の輝きである。私達を魅了し、私達が憧れる物語の欠片が確かにあるのだ。それは今という時代においても色褪せない。
 そんな欠片を紡いで作られたのが『とある飛空士の追憶』という物語である。本書には工夫もある。そして覚悟もある。正に王道を語るに足る作品だ。
 身分差のある恋を描き、自らの命を投げ出し純粋に想い人を愛する献身を描き、そして単身敵地へと飛び込む絶望的な決死行を描く。いずれの要素も、散々語られ尽くした欠片だ。しかし作者は臆することなく、ただ淡々と物語る。それは自らの信じる王道を粛々と世に問うような語りで、並々ならぬ気概が感じられる
 それでいて本書はただ王道を綴るだけの小説ではない。この作品は、一人のパイロットと一人の王女の、本書中の世界で伝説になったというエピソードを、その世界のノンフィクション作家が書いた、という構成になっている。そう、この物語は作中世界の中であっても"物語化"されているのである。作中世界の中でも王道として受け止められる物語、そしてその小説を読む私たち、この二重構造が、王道をまっすぐ見られなくなった私たちに、改めて王道の輝きを示し出す。
 本書はただ優れた王道物語を作るだけでは終わらず、時代性を考慮に入れた上で効果的に王道を物語ることに成功した。王道を語ることが困難な現代において、本書はそれを成し遂げたのだ。
 優れた王道物語に触れ心動かされるということは、すなわち純粋な憧れに身を任せるということである。私たちの誰もが、一度は王道に魅せられた経験があるだろう。そしてほとんどが、その時の純粋な感動を直ぐには思い出せないだろう。否が応でも数年後には現実と向き合わねばならない我々大学生にとって、シンプルだったあの時の気持ちを再発見することは決して無駄ではない。多様な未来が目前に広がる今こそ、根源的な価値観に立ち戻ることで、歩みが確かになるのではないか。
 戦いは熱く、恋は切ない。この物語が作り出すのは、どこまでも広がる青い空のような清々しさだ。本書を読み王道に触れることが、きっとあなたの未来への、ちょっとした活力になる。

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