あるキング

  • 『あるキング』

  • 伊坂幸太郎
  • 徳間書店
  • 1,260円(税込)
  • 2009年8月
  • 『俺がいることで、バランスが崩れてはいないだろうか』 野球選手の「王」になるべく生まれてきた男、山田王求。彼が意識しなくとも、周囲は「王」という圧倒的な存在に狂わされていく。『王になるお方。それでいい』

最優秀推薦文

王になる者の物語

推薦文No.1-1
成城大学文学研究会

 『あるキング』は天才野球少年「王求」(おうく)の伝記であり、伊坂風シェイクスピア劇である。主人公・王求は野球球団「仙醍キングス」を愛する両親の間に生まれた。彼は仙醍キングスに入団する使命を運命づけられて生まれたのだ。彼は親の指導のもと、一流の野球選手に育っていく。彼の野球の才能は超人的であった。そしてついに「仙醍キングス」に入団するのだが・・・。

 まず言えることは、この作品は強い力を持つ人間によって人生を大きく変えられた人々を描いた作品だということだ。彼によって幸せを得た人もいるが、ある意味不幸を得た人もいる。但し、王求自身はただ自分の道を進むのみである。だからこそ、一見彼は人間らしさがあまりない人物のように見える。但しこの物語を読んでいると、彼には人間らしさがあるとわかってくる。

 王求が天才であるゆえに孤独であり、天才であるために苦悩する場面がなんどかある。天才であるゆえに、普通の人たちのコミュニティーに入ることが全くなく、むしろ忌み嫌われていた。また、彼は野球が好きだから野球を続けていたはずなのに、念願の野球選手になった時に気付いた、「俺がいることで、野球はつまらなくなっていないだろうか」と。

 この天才であるために起きた悲劇は、王が王ゆえに起きた悲劇を描いたシェイクスピアの作品に類似している。選ばれた人間なのに、力を持った人間なのに報われない哀しさ。けれど王求は本当に報われなかったわけではないと思う。数は少ないが彼を思ってくれる人がいた。そんな彼らがいたからこそ、何度も彼は苦悩や困難を乗り越えることができた。彼らは王求の尋常ではない力を知りながら彼を受け入れ、彼を信じてくれる。ここで私が思ったことがある。それはどんな人間でもその人を支えてくれる人、寄り添ってくれる人がいなければ大きな困難に立ち向かうことはできないということである。天才である王求もこの点は変わらない。逆にこの点が変わらないからこそ、物語終盤に彼は人々の歓声を受けて、腹部に致命傷を負いながらホームランを打つことができたのだろう。

 この作品で私が一番感じたことは、この作品は王求が仙醍キングスという名の王国の王として君臨する作品ではあるが、それ以上にたとえ強い力を持った王でも、支えてくれる人、寄り添ってくれる人がいなければ、自分の道を切り開けないということだ。だからこそ多くの人に読んでほしい。支えてくれる人、寄り添ってくれる人の大切さを知ってほしい。

 また、この作品は冒頭の方に述べた通り伊坂風シェイクスピア劇であり、ふだんシェイクスピアのような古典作品を読まない人でも古典作品に興味を持たせる橋渡し的な作品になっていることである。

 王求の親や3人の黒ずくめの女たちはそれぞれ、マクベスに登場するマクベスの妻や魔女たちによく似ている。また、作品の中でも王求を「王」に例えている部分が多くある。このような類似点があるため、シェイクスピアの作品に興味がなかった私もこの本を通して「マクベス」を読み、また彼の他の作品にも興味を抱いた。読者もこの作品を通して西洋の古典作品に対する興味をより深く持ってほしい。

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