植物図鑑

  • 『植物図鑑』

  • 有川浩
  • 角川書店
  • 1,575円(税込)
  • 2009年6月
  • 26歳OLが、ある日出会った行き倒れの草食系男子と、なんとなく始めた共同生活。草木を通した交流の中、ゆっくりと恋は紡がれる。しかしやがて問題も出てきて――!? 有川浩渾身の、甘々最強恋愛小説!

最優秀推薦文

大切な人に、特別な言葉を

推薦文No.3-3
中央大学文学会

 大切な人に大切だよ、と伝えるとき、私たちはどんな言葉が必要でしょうか? 
 それはきっと、お金をかけたり時間をかけたりとか、そういうものではなく、私たちにとってももっと身近で何気ない物事でいいのではないでしょうか? 植物図鑑は、そんなことを考えさせてくれる作品です。
 この作品は、主人公であるさやかという女性が、イツキという男性を拾うところから始ります。拾われたイツキは、恩返しよろしくさやかに料理をごちそうします。その味に感動したさやかは、イツキと一緒に住もうと提案し、二人の生活が始まります。さやかとイツキは、暇を見つけては山菜摘みに行き、とってきた物を使って料理をします。季節の移り変わりの中で、さやかとイツキの恋も育まれていき......というのが、この物語のあらすじです。
 物語の中で語られているのは、さやかとイツキの何気ない日常風景です。そこにあるのは、ファンタジーのようにお姫様を助けるような話でもありませんし、ロマンスのような劇的な展開は何一つとしてありません。ただどこにでもいるようなカップルが、幸せな日々を送るだけの物語です。題名が示すように、この本の中ではたくさんの山菜とそれを使った料理が紹介されていきます。登場人物が手際よく、あるいは四苦八苦しながら料理をしていく姿が生き生きと描かれており、それだけでも十分楽しめる作品になっています。
 ですが、この作品を読むにあたって大事なことは恋愛であり、そして特にコミュニケーションに関してが、この物語の核心にあります。作中でさやかとイツキのコミュニケーションは、植物と料理を通して行われています。何気ない植物の豆知識や、料理の味などを言い合う二人の姿は、ちょっとだけ普通のカップルと違います。彼らは彼らだけの言葉である【植物と料理】を使って、二人だけの会話を楽しんでいるのです。確かに植物の話なんて実際に役に立つ場面は少ないですし、本当に困ったなら図鑑でもインターネットでも調べればいいだけの話です。もちろん、この二人はそんなことは承知しています。しかし彼らは【植物と料理】という言葉を見つけることによって、互いの大切な気持ちを伝えることに成功しているのです。
 誰かに愛情を伝える際に、どうやって伝えるのかが問題になります。その時に言葉での愛情表現や、キスやセックスといった身体表現は使い古されてしまいました。そして【特別な相手】にそれを伝えるためには、【特別な言葉】が必要になってきます。この小説は、その一例として挙げられるのではないのでしょうか。
 私がこの小説を大学生に推薦する理由は此処にあります。恋愛に限らず、今現在の大学生活、またはこれから社会に出て様々な人間関係を作っていきます。その時に普遍性を求めることも必要ですが、個々人の間での特別な表現を大切にしていくことも、また同じくらい必要だと感じてしまいます。
 誰かとコミュニケーションをするときに、そこに表現が必要になっていきます。特別な相手に自らの気持ちを伝えるとき、特別な表現が存在しなければ、自分の気持ちを伝えることはできないのです。お金をかけたプレゼントもありますし、時間を作って何処かに出かけることも大切です。けれどそれだけじゃなく、同じ趣味や興味を持った事柄があってそれを話せる間柄は、私たちの良好な関係にかかせない要素です。
 さやかとイツキの日常は、私たちの日常です。突飛ではなく当り前で平坦なそれだからこそ、私たちの生活を顧みることが出来る作品です。物語のカーテンコールで語られる一文に、こんなものがあります。『さやかと俺と、それからもしかして将来子供ができたら、その子供も。夫婦だけ、家族だけで持っている花の名前ってちょっといいよな』。本人が言うようにちょっとしたことですし、とても甘ったるい言葉に聞こえるかもしれません。でもこの言葉は、大切な人に向けられた言葉であり、想いを届けるための特別な言葉でしょう。

 みなさんも植物図鑑を読んで、そんな言葉を探してみませんか?

推薦文一覧へ戻る

候補作品