植物図鑑

  • 『植物図鑑』

  • 有川浩
  • 角川書店
  • 1,575円(税込)
  • 2009年6月
  • 26歳OLが、ある日出会った行き倒れの草食系男子と、なんとなく始めた共同生活。草木を通した交流の中、ゆっくりと恋は紡がれる。しかしやがて問題も出てきて――!? 有川浩渾身の、甘々最強恋愛小説!

思いの一貫性

推薦文No.3-4
流通科学大学TOUKAの会

 何かを集団で共有することが減ってしまった。そこでは、社会全体に対しての興味が薄れ、個人の楽しみに関心が移る。このことは物語にとって、対象とする読者層を狭めさせ、全体へ向け送り出すことを困難とした。この価値観の多様化は、以前より恒常化した絆しとなって、未だ抜け出せずにいる。
 この流れは順当ではある。生きること以外にも費やす余裕を獲得した我々は、日々をより有意義なものとするために、その余暇を重視する。余暇では自身について考え、自己にとって有益な行動を選択するようになる。自分の好みに合うものを求め、物語はそれに応じ、需要に合わせる形で局所的に作られる。これは別に邪な考えではない。脈々と時代を連ねられてきた試行錯誤のすえ、根差したものである。洗練された技巧であり、全ての人々ではないにしろ、多数の心を捉える力がある。個々の欲求をより深く、正確に射抜く。個人にとって、望んでいた通りの姿を見せてくれる。
 また、全ての読み手を魅了する展開を供給することは難しい。それは価値観が多様化し、一つの魅力だけでは手に負えない。共感できる範囲が狭まっていることから、その趣向にひかれる人しか魅了できない。そこで大勢へ伝えるため、多くの嗜好を取り入れると、最たるものがわからなくなり、どれも押しなべて見えてしまう。これはそれぞれが打ち消し合い、物語の破綻にも繋がってしまう。いいものと受けるものは違うと言われるほどに、意識されるその距離感。これはそう簡単には縮まらない。
 もとより社会は繁雑なものであり、一本調子で共通項があると考えることが、愚かなのかもしれない。しかし想像してしまう。感動を一人でも多くと分かち合いたいと。これは人として自然であり、文学の基底でもある。だから物語も、誰もが関心の焦点となりえることを内在したがる。広告塔として他の要素を引っさげながら、人の根幹にかかわるテーマ、社会や、生死、恋愛を組み込む。
 これらの中でこの本は、社会と恋愛を扱い大衆への作品というものを成し遂げた。
 道端に行き倒れていた彼。その存在は物語にリーマン・ショック後の世界を現している。また、それを受け入れる主人公は、社会そのものを示している。自己責任により、見放されるとしか思えなかった世界から、救いの手が差し伸べられる。そのとき、平素の行いが手助けをする。ここでは彼の趣味に対する姿勢や自活能力、植物に対しての知識が役に立つ。このことにより、彼は誠実な人間であり、放っておけないと認識させた。
 そしてこのテーマを実装するに当たり、大きな集団を擁する好みを、初手に持ってきた。現実ではありえない理想の形と、現実性の共存。矛盾する両者は、ぎりぎりの境界線でやり取りされている。普通ではありえない、道端に転がっている男を、女が拾うという行為。これに、些細な要素、会話が面白かったや、酔った勢いだったとし、現実味を帯びさせる。のみならず、受け手が増えることによる障害も取り除く。欲する好みが細分化し、個々にとっては魅力的でなくなることだ。これを、恋愛という本質的なテーマを、一貫して持つことで解消させる。このことは特異な立ち位置の有川浩であるからこそ可能とした。
 この物語をどう解釈するのか。大学を出てさらに混迷した男性主人公の行動は、我々大学生にとって座視できない。生きること愛すること、本当に大切なことはどこにあるのか。この問いの答えこそが自分にとって唯一の指針となる。より多くの人々に向けて書かれた作品は現実を認識し、純然たる精神を呼び込む。これから就職し、社会へ出るなかで、彼の行動は人生の糧となるはずだ。

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