インシテミル

  • 『インシテミル』

  • 米澤穂信
  • 文春文庫
  • 720円(税込)
  • 2010年6月
  • コンビニでバイト雑誌を立ち読み中の大学生結城は、同級生の不思議で美人なお嬢様、須和名に偶然声をかけられる。そして見つけた、「ある人文科学的実験の被験者」バイト。超高額時給につられ12人の男女が集ったが・・・。

最優秀推薦文

クウキヨンデミル

推薦文No.1-2
明治大学ミステリ研究会

 本書はクローズドサークルを扱った本格ミステリであるが、ここでは〈暗鬼館〉事件の根底に深く関わっている「空気」について述べたいと思う。
 本書の主人公、大学生の結城理久彦は、後半になって先輩にこう語る。

 「そうです。空気。雰囲気です。
 先輩以外の参加者は、人形を見ても、カードキーの〈十戒〉を見ても、〈霊安室〉の存在を知っても、なんだか悪趣味な冗談だな、という程度にしか受け止めていませんでした。はっきり言って、初日の段階で具体的な危険を感じていたのは先輩だけでしたよ。(後略)」(p.433)

 これが本書の重要なファクター、「空気の読めないミステリ読み」に関する発言である。よくある一般的なクローズドサークルとは違い、『インシテミル』では閉鎖空間な状況にも関わらず異様な展開を見せていく。これは「ミステリ読みが構成する内輪の世界」と「ミステリに関心のない一般人が構成する外側の世界」を明瞭に対比させた結果であろう。
 そして、私たちも実生活において「空気」を重要視する傾向が強い。結城が言うように「一人だけ浮いてる人とは、そりゃあ他人のふり」をするだろうし、「多数派が涼しい顔して『マジになるのはバカみたい』と思ってるときは、そっちにつくことにしてる」のではないだろうか。評論家の山本七平も、私たち日本人にとって「空気とはまことに大きな絶対権をもった妖怪」であると説いている。
 私たち大学生は、中学校や高校における教室の「空気」から解放されてはいるが、それでもゼミやサークルといった複数の空間において、大なり小なり「空気」を感じていることと思う。社会的集団に属している限り、「空気」からは逃れられない。「場の空気」を敏感に読みとり、臨機応変に行動し人間関係を潤滑に取り持つ能力が求められる時代なのだ。
 また、「空気」の支配は議論さえも拒否してしまう。本書においても、「そもそもこの〈暗鬼館〉では、殺人者を裁くのに真実は不要だ。関係があるのは、多数決のみ」と語られている。多数決原理が絶対というルール設定によって、「必要なのは、筋道立った論理や整然とした説明などではなかった。どうやらあいつが犯人だぞという共通了解、暗黙のうちに形作られる雰囲気こそが、最も重要」になってしまった。もはやそこに議論は存在しない。
 しかし、はたしてそれで良いのだろうか。もし参加者全員が〈暗鬼館〉に漂う「空気」に流されたままだったら、犯人の思惑通りに終わっていたかもしれない。しかし、それを防ぐことができたのは、結城が参加者を包んでいる「空気」を読み取った後に、新しい「空気」を作り出したからである。
 私たちを取り巻く「空気」というものは、実際のところ流動的であり曖昧なものだ。そしてよく失念するのが、この「空気」というものは、「自分自身」を含めた集団が作り出している。自分も「空気」に起因していることに気づけば、何か行動に移せるとは思わないだろうか。
 確かに「場の空気」に合わせている限り、目立たず仲間はずれにならずに過ごすことができるが、それでは自分の気持ちや考えを表すことが難しくなってくる。多少息苦しくても安全な方をとるべきか、それとも少々の危険があると分かりつつも自分の思う通りの人生を歩んでいくべきなのか。私たちは常にその二つの選択を強いられて生きている。
 結城の場合、最終的に「場の空気」をかき回したことで、この事件を決着させることができた。
 本書は私たちに、「空気」は読むものではなく、作るものであると真理の一面を教えてくれる。

(参考文献)
鴻上尚史『「空気」と「世間」』2009、講談社
土井隆義『友だち地獄――「空気を読む」世代のサバイバル』2008、筑摩書房
和田秀樹『「場の空気」を読むのが上手な人下手な人』2007、新講社

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