インシテミル

  • 『インシテミル』

  • 米澤穂信
  • 文春文庫
  • 720円(税込)
  • 2010年6月
  • コンビニでバイト雑誌を立ち読み中の大学生結城は、同級生の不思議で美人なお嬢様、須和名に偶然声をかけられる。そして見つけた、「ある人文科学的実験の被験者」バイト。超高額時給につられ12人の男女が集ったが・・・。

わたしたちが添い遂げる作家は誰か?

推薦文No.1-4
立教大学文芸思想研究会

 米澤作品と共に、青春時代を過ごしてきた。
 中学生のとき、「春季限定いちごタルト事件」に出会ったのが始まりだった。正直な話、わたしはそれまでミステリが苦手だった。というのも、人がばたばた死んでいく話を読むのはどうも億劫だったのだ。表紙のかわいらしさに釣られたこの本に、ここまでどっぷりハマってしまうなんて、当時は思ってもみなかった。
 それから古典部シリーズの「氷菓」「愚者のエンドロール」も貪るように読んだ。人が死なないのに充分にスリリングで、あっと言わせる驚きの連続、主人公たちはちょっと皮肉っぽくて、スパイスが効いている。わたしにはありふれた日常だけれど、「探偵役」である小鳩くんや折木の視点から見たら、それはまるで違う「非日常」としてくり抜かれてしまう。幼い頃ファンタシーの世界に見出していたわくわく感を、米澤さんが織り成すミステリはわたしに思いださせてくれた。
 
 昨年は「ボトルネック」で推薦文を書かせてもらった。これはまた今までとは一風変わった作品で、米澤ファン達は、私も含めいい意味で期待を裏切られたことだろう。それまで青春小説の爽やかさやポップさが根底に流れていたのに対して、「ボトルネック」では存在の意味を問う、心の内々に織り込んでいく作品だった。
 
 そして、「インシテミル」。『本格推理小説』だ。探偵もいる。もちろん犯人もいる。けれども今回は、犯人は殺人者だ。
 けれど、読後感は悪くない。今まで人が死ぬ物語を倦厭していたわたしでも、さすが米澤作品の主人公、そのちょっと小生意気な口調と不思議と冷静で客観的な視点、なによりも息をもつかせぬそのスピード感で、読者を「解決」まで導いてくれる。
 今作では、古典ミステリへのオマージュがそこかしこに散りばめられている、らしい。何と言ってもわたしは米澤作品以外のミステリを読んで来なかったのだ。しかし、それが本当に悔やまれるくらいに、この「インシテミル」は面白かった。もう、めちゃくちゃに面白かったのだ。
 メモランダム。ヴァン・ダイン。まだらの紐に、クローズドサークル。わたしがこの全てを知っていたら、恐らくもっとこの作品を楽しめる。まだ私の気付いていないガジェットが、「インシテミル」の中で無数にきらめいている。米澤さんのミステリに対する愛情を、これでもか!と感じる作品だ。
 でも、ちょっと待てよ、と思うのだ。タイトルは「インシテミル」。そう、「淫してみる」。ミステリの世界に淫し、それを知らないものに対しては少し排他的な、そんな底意地の悪い響き。これは、「作者」である米澤さんの言葉なのかもしれない。
 米澤作品に通底するテーマを私がひとつ挙げるとしたら、「相対化」だ。「ボトルネック」では登場人物であるリョウとサキの相対化。そして今回の「インシテミル」では、『ミステリ』の「中」にいる人と「外」の人の相対化。作中の登場人物の間では勿論、それは「作者」―「読者」間でも起こっているのではないだろうか。「どっぷりな作品だから、『淫して』みえるよね。でも、ミステリって面白くない?」なんて、私は妄想している。

 さて、この推薦文を読んでくださった方が、「インシテミル」に大いなる興味を示してくれていることを祈りつつ、読書人大賞が主催してくれた編集者懇談会で、この作品の編集者の方がしてくださったお話がとても印象的であったので、この場を借りて紹介させていただきたい。
 それは、「読者」は「作家」と共に成長することができる、というお話であった。同じ作品でも年齢を重ねてから読むと一味違う。それがリアルタイムでできて、作家の作品を読んでその成長を感じ、同時に自分の心や考え方がいかに変わってきたか知ることができる。それは素晴らしい体験なのだと。
 さて。わたしたち大学生が、添い遂げるのに最もふさわしい作家は一体誰だろう?
 解決。米澤穂信だ。

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