虐殺器官

  • 『虐殺器官』

  • 伊藤計劃
  • ハヤカワ文庫
  • 756円(税込)
  • 2010年2月
  • 近未来、先進諸国は徹底的な管理体制に移行し、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。それらの虐殺に潜む米国人ジョン・ポールの影。彼の目的とはなにか? 大量虐殺を引き起こす“虐殺の器官”とは?

『虐殺器官』推薦文

推薦文No.2-6
法政大学もの書き同盟

 『虐殺器官』というタイトルから想起したのは、猛烈に鼓動する心臓であった。消化液をその下部に溜め込んだ柔らかい胃腸であり、収縮を繰り返す小腸であった。物語は、そんな安易なイメージに承認を与えるかの如く、阿鼻叫喚の「死者の国」の描写で始まる。
 9・11事件以後、先進諸国がテロ対策として打ち出した政策は、「管理社会」の構築であった。人の流れから物流に至るまで、生活の要素がことごとく認証の傍らにある社会。民衆は犯罪抑止の効果と引き換えに、このプライバシーの制約を受容することとなる。
 語り部となる主人公クラヴィス・シェパードは、暗殺を生業とするアメリカの特殊部隊員である。政情が不安定な後進国で指導的役割を演じる人間がそのターゲットとなる。仕事の内容に関連した大量の専門用語、仰々しい組織の名前、そういったものとは裏腹に、主人公は世慣れしたような所がなく、どこか淡々とした調子で物語を進めていく。決して現実離れしていない舞台設定が緊張感を与える一方で、主人公の姿勢がそれを中和するバランサーになっている。
 認証の山を経て得られた情報の一部は、民衆にも還元される。小売品として消費者に渡るまでの流通過程は、その気があれば調べることが出来るのだ。
 人々が目を背けたくなるような問題。日本という国にあっては新聞やヤフーのトップを賑わせるだけの存在で、自分とは関係のない対岸の火事。世界各地で現に起こっている紛争に目を向ける心持にならないその根底には、自発的な要因よりも真実を知ることへの恐怖がある。
 作者の問題提起を自分には関係ないものとして無視出来る人間がどれ程いるだろうか。

推薦文一覧へ戻る

候補作品