虐殺器官

  • 『虐殺器官』

  • 伊藤計劃
  • ハヤカワ文庫
  • 756円(税込)
  • 2010年2月
  • 近未来、先進諸国は徹底的な管理体制に移行し、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。それらの虐殺に潜む米国人ジョン・ポールの影。彼の目的とはなにか? 大量虐殺を引き起こす“虐殺の器官”とは?

世界との折り合い

推薦文No.2-3
関西大学現代文学研究部

 内戦。紛争。虐殺。
 そういったことが、今も地球のどこかで起こっているらしい。
 らしい。
 そうとしか知らない。普段は気にも留めない。
 ある日、黒い本を手にとった。

 『虐殺器官』という文庫本で、後輩から借りた。本屋で平積みにされているのを見たり、ネット上での評判を読んだりして、気になっていた小説だった。気にはなっていたけど、ここ数カ月は買った本を読み切れずにほったらかしにするのが常だったので、買わずにいた小説だった。借りれば、それがプレッシャーになって読み切れるかもしれない。そう思った。
 読み切れなかったら、返せばいいし。
 借りてから数日は、読まずに寝床のそばに置きっぱなし。寝るまで時間があったある日、読み始めた。飽きずに第一部の終りまでいけたらいいなと思いながら。途中で読めなくなったら明日返そうと思いながら。

 その日から毎日、一部ずつ読んでいった。第四部、第五部とエピローグは一日で読んだ。

 (以上、小説風前書き)

 という感じで、『虐殺器官』に入り込みました。
 それが一番伝えたかったことです。ここに一人、夢中になった人がいると。作品の推薦文に書くことなんか、それで十分ではないでしょうか。
 とは、思うものの。
 「ゼロ年代最高のフィクション」をはじめとして、様々な称賛が『虐殺器官』に寄せられています。そんな中、今さら一介の大学生が「夢中になりました」と言ったところで、ほとんど無価値なわけで。
 推薦する理由を書かなければ意味がない。
 ですので、これからその理由を書いていくんですが、どうしても一つ断っておきたいのです。

 これから書くことは、作品のちょっとした一面だけを書いているにすぎないということ。

 推薦の理由というのは、「それはこんな作品だから」という風になってしまいます。しかし、作品というのはただあるだけです。それがどんな作品であるかなどは、読み手それぞれが自由に捉えればいいものです。けれど推薦文というものは、推薦者が捉えた、しかも文章になりうる事柄で、かつ推薦の理由に相応しいと思われる内容だけが書かれています。それは、「作品の限られたごく一部分について」
 でしかないのです。
 作品それ自体に比べれば、あまりにささやかなものです。

 さて。
 何やかんや書きつつも、やはりそのささやかな推薦の理由を述べていくのですが。が。
 小説(フィクション)というのは身も蓋もないことをいってしまえば、嘘の作り話です。だから、何か目標をもって真剣に色々と頑張っている人に対しては、薦めづらいものだったりもするわけです。嘘の作り話を読んでも、せいぜい息抜きになるだけではないのか。現実世界を相手に生きる方がずっと面白くて、楽しいよ。
 そんな人々にこそ、『虐殺器官』を読んでほしいと思う。
 小説は、現実をうつす鏡にもなりうるということ。それを知ってほしいからです。
 「この小説を通して、グローバルな世の中にある一人として、紛争や虐殺について知ることの大切さを学び、考えよう」なんてことを言いたいのではありません。紛争や虐殺について知りたいなら、実際のそれについて書かれた本や資料を読めばいいのです。
 なぜ小説なのか。
 この小説で注目してほしいのは、語り部を主とした登場人物たちの(作中の)現実に対するスタンスです。どういう風に世界と折り合いをつけているのか、つけていくのかが『虐殺器官』の全編にわたって書かれていると捉えることもできるくらいです。そんな風に読んでいって、
 これは私たちについての本だ
 と思いました。思ったのは推薦文を書いている私ですが、「私たちについての本だ」と、ここでは主張したい。登場人物が架空の存在であるとか、作中の世界と現実の世界が違うなんていうのは問題にもならない。これはもう、読めばわかる。
 世界とどう折り合いをつけるのか。
 今、それぞれの現実を生きている人たちに、読んでほしいと思うのです。

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