告白

  • 『告白』

  • 湊かなえ
  • 双葉文庫
  • 650円(税込)
  • 2010年4月
  • 「愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです」。娘を失った女教師によって行われた恐ろしい復讐。母親を求め殺人を犯した二人の生徒に下される裁きとは? 無慈悲なまでの母の愛を描ききった怪作。

バトルロワイヤルを生きる私達のための物語

推薦文No.3-1
西南学院大学文芸部

 湊かなえの『告白』は、女教師のとある告白から始まる一連の騒動を描いた物語である。
 多感な年頃である中学生のクラスで突如始められた殺人事件の告白。それも、犯人はクラスメイトの中にいるという。告白の語り手は本来生徒を守ってあげるべき教師で、殺されたのは教師の娘。故に教師は聖職者であることを捨て、復讐者としての立場を選ぶ。かくして加害者であった少年達は一転して被害者へと変わり、復讐を終えた元聖職者は学校を去る。これが全六章から成る物語の第一章である。とても物語の序盤とは思えない、これだけでも一つの完結したストーリーであり、事実、第一章を読み終えた私は一つの短編小説を読了したような読了感を覚えた。「これで終わりでもいいじゃないか。続きなんて蛇足じゃないか」と、そんな風に考えていた。
 蛇足などではなかった。
 女教師の告白は――構成的な意味だけではなしに――物語の幕開けに過ぎなかった。女教師の告白後、物語の焦点は告白をした女教師から、告白を聞いていたクラスメイトの一人、告白によって精神を病んだ犯人の姉、告白に人生を翻弄される犯人の少年達と、次々に移り変わっていく。過去、現実、未来を複雑に絡め合い、それぞれの人物の思考を俯瞰し、告白は物語の結末を目指して突き進んでいく。突き進んでいく過程で、多くの人物を「嘘」や「思い込み」という不和の源に感染させ、触発させ、破滅させていく。面白いほど単純に、あっさりと、あっけなく。
 物語の後に用意されているのは、ありきたりな救いではなく、多くの人物がたった一つの告白により破滅してしまったという冷酷な現実のみである。そしてその冷酷な現実こそが『告白』の中核であり、作者が読者へ突きつけた問題だと言えるだろう。『告白』を読んだのならば、私達はこの問題について考えなければならない。考えざるを得ない。
 何故、人々はたった一つの告白にこうも惑わされてしまったのだろうか。
 私の答えはこうだ。「彼らは何が真実で何が偽りかを知らないからだ」
 情報化社会と呼ばれる現代、私達の周りには多くの情報が溢れている。インターネットの回線を繋ぐだけで、個人では受容しきれない量の情報にアクセスできる。私達が生きているのはそんな時代である。個人の意志とは無関係に溢れ出てくる情報の群れ。それは留まることを知らず、何が真実で何が偽りかを判断する余裕も与えないまま私達の中に蓄積されていく。蓄積されるだけならばまだ無害である。しかし蓄積された情報はやがて我々の中から出ることを欲し、その段階になると、ある要求を私達に突きつけてくる。「私は真であるか、偽であるか」。判断を違えれば、私達は意図せず「嘘」や「思い込み」という不和の源を世界に向けて放出することになる。放出された不和の源に誰かが感染してしまうと、争いが勃発する。感染した者が一人ならばまだ良い。何人も、何十人も、何百人もそれに感染してしまったら、バトルロワイヤルの始まりである。不和の源が完全に絶たれるまでこのバトルロワイヤルが終わることはない。
 湊かなえの『告白』は、告白という武器を使って女教師が仕掛けたバトルロワイヤルである。強制的に舞台へと上げられた参加者達は、ルールを理解できず、自らの立ち位置も把握できず、どれ程の威力なのかも分からない「嘘」や「思い込み」という凶弾をがむしゃらに撒き散らして、互いを傷つけ合い、破滅してゆく。元より勝者は用意されておらず、最後まで救いは来ない。
 幸いにして、私達はこのバトルロワイヤルを傍観できる読者という立場を与えられているのだから、せっかく与えられた立場を存分に行使して、いつ私達が巻き込まれるかもしれないゲームのルールを把握し、脱出のための知恵を獲得しておくべきだろう。現代社会を生き残るために。

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