砂漠

  • 『砂漠』

  • 伊坂幸太郎
  • 新潮文庫
  • 780円(税込)
  • 2010年7月
  • 麻雀やったり授業行ったり。「大学の一年間なんてあっという間だ」。サークルもクラスも同じじゃないけど集まった普通の大学生五人組の日々を、伊坂幸太郎が描く、さわやか群像劇。

オアシスで贅沢を

推薦文No.5-3
青山学院大学文学散歩の会

 年ばかり大人に近づくけれど、なんとなく大人になりきれないまま、ただぼんやりと怠惰な時を過ごす。やりたいこともわからず、今何をすべきなのかもわからず、することがないから仕方なく遊ぶ。それが大学生である。私もその一員だが、そんな風に過ごしてしまっている人は少なくないだろう。しかしそのままだと気がつけば大学を卒業してしまい、社会という果てしない砂漠に出てから後悔してしまうかもしれない。そうならないために、この四年間を一体どう生きればいいのだろうか。
 この物語の主人公北村は周囲を見下す「鳥瞰型」のごく普通の青年。彼は入学した大学で四人の男女と出会う。お調子者の鳥井、おっとりとした南、人形のように美しい東堂、そして変り者の西嶋。一見仲良くなれそうにはない全くタイプの違う五人。しかし彼らは共に笑ったり、詭弁をまくしたてたり、恋をしたり、やっぱり笑ったりしながら様々な出来事を乗り越え、絆を深めていく。
 「俺たちがその気になれば、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」。そんな傲慢でばかばかしい、けれど力強い詭弁をふるう西嶋は、酔っぱらった時にこうも言った。「俺は恵まれないことには慣れてますけどね、大学に入って、友達に恵まれましたよ」と。学校に行って友達がいて、遊んだり、服を見たててもらったりする。そんな何でもないことがつらい過去を過ごした彼にとってはすごく大切で嬉しいことだったのだ。
 彼らの大学生活はどこにでもあるようなただ怠惰に流れていくだけのものではなく、そこにあったのは決して喜びや笑顔だけではなかった。得体のしれないものへ恐怖を抱いたり、うまくいかず悩んだり、涙したり、世の中は理不尽だと怒り狂ったりする。その中で彼らがもがいて、耐えて、がむしゃらに前進しようとできたのは、そばに信頼する友達がいたからだ。
 本当に仲の良い友達を作るというのは簡単なようですごく難しい。自分以外の人間が考えていることなんてわかりもしないし、だからこそ相手を怒らせてしまったり、悲しませてしまったりする。逆もまた然りだ。さらに成長するにつれて、私たちは色々なことを考えすぎてしまう。その結果、相手のことを信頼して受け入れる、そんな子供のころに当たり前にできていたことが難しくなってしまうのだ。表面では仲良しを取り繕っていても、内面で相手の顔色を窺ったり、遠慮して自分の意見すらはっきりと言えないような相手は本当に友達とは呼べるのだろうか?
 高校とは違った世界が一気に開け、交友関係が浅く広くなってしまいがちな大学生で、そんな友達に出会うことができた西嶋はとても幸せだ。彼だけではない。鳥井も、南も、東堂も、そして北村も。彼らは共に誰からも羨まれるような青春時代を駆け抜けた。いつもたくさんの仲間に囲まれて遊んでいた同級生が北村と鳥井に漏らした言葉こそがそれを物語っている。
 大学の校長は卒業式の最後をこう締めくくった。「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」。大学生活は一度きり、しかも四年間しかない。どうか無駄な時を過ごす前に、この物語を読んで彼らの贅沢を知る事をおすすめする。知った上で、貴方なりに厳選し、贅沢に大学生活、もといオアシスを堪能していただきたい。

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