砂漠

  • 『砂漠』

  • 伊坂幸太郎
  • 新潮文庫
  • 780円(税込)
  • 2010年7月
  • 麻雀やったり授業行ったり。「大学の一年間なんてあっという間だ」。サークルもクラスも同じじゃないけど集まった普通の大学生五人組の日々を、伊坂幸太郎が描く、さわやか群像劇。

最優秀推薦文

砂漠に出る前に

推薦文No.5-1
法政大学もの書き同盟

 社会人がからからに乾いた砂漠にいるなら、大学生はみずみずしいオアシスにいる、というわけではない。ただ目の前に横たわる、時間というオアシスに入り浸っているだけだ。
 高校時代に比べると、一週間にたいした数もない講義をぼんやり受け、バイトやサークル活動にもほどほど勤しんでいるうちに、なんとなく一年が過ぎていくという人が大半ではないだろうか。
 日々の生活の基盤は、この本の五人の登場人物たちと何ら変わらない。
 妙に昂ったテンション。浮かれた異空間。最初のクラスの飲み会で、彼らは出会う。その後、苗字に東西南北がつく者で麻雀をしようと、西嶋(♂)に東堂(♀)、南(♀)、北村(♂)の三人が招集をかけられる。加えて鳥井(♂)が集合場所を提供し、集まるべくして五人は集まった。
 合コンに参加し、ホストとグルだった女の子たちに騙されたり、大学祭の運営に顔を出し、偉そうな学者先生のゲストにひと泡吹かせようと目論んだり、それぞれ人並みに恋愛もしたり。彼らの姿が四季ごとに描かれる。
 そしてあるとき、五人を後々まで振り回すことになる事件に遭遇する。謎の連続通り魔、集団空き巣犯といった要素が絡まり、読者はこのストーリーラインを追いながら、どんどん物語の中に引き込まれる。ただそれ以上に、端々で彼らが卓を囲んでいる様子や、何でもない普段の会話がまた魅力的に映る。「大学生」をしている今だからこそ、そこに流れるめりはりのない空気、人の繋がりの濃さと薄さといったものに共感できる。
 この物語を青春という言葉でくくることはできないかもしれない。だがもし、大学生活で時間を持て余し、それに辟易している人がいたら読んでほしい。別に特別な出来事を求めなくても、何でもいいのだ。自分がその場を楽しもうとすれば、いかようにも楽しめる。そんな当たり前のことだとわかっていて、なかなか形にできない理屈が見事に体現されている。まだ間に合う。
 砂漠に足を踏み入れるため用意した多くの水も、いつか必ず底をつく。そのとき新しい水を持って来てくれる人がいるならば、たとえそれがどんな方法であろうと無敵だ。
 仲間、友情、と誰ひとり声高には言っちゃいない。でも読み終えたとき、きっと彼らのような友人関係が羨ましくない。
 なんてことは、まるでない。

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