砂漠

  • 『砂漠』

  • 伊坂幸太郎
  • 新潮文庫
  • 780円(税込)
  • 2010年7月
  • 麻雀やったり授業行ったり。「大学の一年間なんてあっという間だ」。サークルもクラスも同じじゃないけど集まった普通の大学生五人組の日々を、伊坂幸太郎が描く、さわやか群像劇。

その日のために

推薦文No.5-4
一橋大学文芸部

 伊坂幸太郎さんは冷たい。初めて『砂漠』を読んだ時、そう思った。大学生の生活を、こんな風に描かなくてもいいじゃないか。
 小説には「安心して読めるもの」という種類が存在する。「サザエさん」のように、延々と日常が繰り返される、アレである。『砂漠』を読み始めた時には、この小説も「安心して読めるもの」だと思い込んでいた。
 甘かった。
 一番最初の「春」の章は、入学したての大学1年生、北村たちのだらだらした日常が過ぎてゆくだけで終わった。予想通りだった。このまま、「夏」「秋」「冬」と、彼らのゆったりした1年間が続いていくのだろう。もしかしたら、大学2年生、3年生と、続編も作られる予定なのかもしれない。大学生活は長いのだ。そんなことを考えつつ、ページをめくった。
だが、「春」から「夏」の章に進むと、状況は一変した。おかしい。なんだか話に連続性がない。よくよく見ると、いつの間にか時間が1年進んでいる。大学1年の「春」から、大学2年生の「夏」になっているのだ。大学は4年間。季節は4つ。もしかして・・・
 案の定、主人公たちはゆったりと日常を繰り返しているだけなのに(もちろん多少の事件は起こるが)、伊坂さんは容赦なく時を進めていく。「秋」の章では3年生、「冬」の章では4年生。終章で北村たちは、大学を卒業してしまう。伊坂さんは、長いはずの大学生活を、一冊で描き切ってしまったのだ。
 いま私たちが享受していて、永遠に続くものだと思い込んでいる大学生活が、実はものすごく短いものなのだという冷酷な現実を、改めて突き付けられた感じがした。「わざわざ、そんなこと書かなくてもいいじゃないか!」伊坂さんに、そう言いたくなった。いたいけな大学生に、現実を見せつけないでくれ!
 当時の私のように、いま享受している日常が永遠に続くと思い込みたい人は、この小説を読まないほうが幸せなのかもしれない。幸せに浸っている人に対して冷水をぶっかけるのは、してはいけない事のようにも思える。
だが、3年生の春休みになり、終点が見えてくると、少しだけ心境が変化してきた。終わりがあることを知っていれば、心構えをしておくことができる。覚悟を決めておくことができる。現実をつきつけられるのは、そんなに悪いことじゃないんじゃないか?
伊坂さんの作品のいい所は、紹介したくなるような、いいセリフが多いことだ。『砂漠』でも、登場人物の一人がこう言っている。
「俺はね、準備してるんですよ。いざという時、周章狼狽しないために、すでに怒っておくんですよ。憤っておくんですよ。後で、文句を言っても意味ないですからね。(中略)本当に世の中が混乱すると、途端にパニックですよ。どうしよう、どうしようって身体中を探ったところで、ポケットから出てくるのは周章狼狽だけですよ」
 いざという時周章狼狽したくない人、ポケットに周章狼狽以外のものを入れておきたい人には、『砂漠』をぜひ読んでもらいたい。いつか、オアシスを出て、砂漠に旅立たねばならない、その日のために。

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