馬たちよ、それでも光は無垢で

  • 『馬たちよ、それでも光は無垢で』

  • 古川日出男
  • 新潮社
  • 1,260円(税込)
  • 2011年7月
  • 福島県の震災から1ヶ月後、作者は東北へと向かう。マスクの人々、見えない放射能、傷ついた馬たち。そして作者に、かつて執筆した『聖家族』の主人公がかく語る――。小説を書く人々すべてに読んで欲しい一冊です。

それでも光は無垢なのだろうか?

推薦文No.1-4
中央大学文学会

 大学生にもなり昔が懐かしく思える。ふと、思い出の場所を訪れたりすると、変わってしまっていて悲しくなる。
 そんな場所がめちゃくちゃに破壊された経験を、あなたも持っているだろうか。のみならず、警戒区域に指定され立ち入りが禁じられた経験を。
 作者は福島県の出身だが、2011年3月11日には京都にいた。小説のための取材だったが、<その時点で、仕事を二つキャンセルする>。<構想を立てて執筆するような種類の小説は、もう書けない>。そして、<行け。お前が被爆しろ。あるいはただ、見ろ>という内なる声に従い、(一方で、<「飛び込んだ」ことに満足してはならない>と自戒しながら)新潮社のバックアップのもと、同行者三名の計四人で福島県に向かう。
 現地を見た作者は言う。<うちのめされざるを得ないのは、力というものの感覚だった。視野が展けすぎていた。洗いざらいだ、と私は感じた。洗いざらいのパワーだと。言葉にはならず、感受するというよりも撲たれるしかない>。そう言いながらも、地震の痕跡や津波の惨状、被災地の人々の平然とした様子(<そう構えるしかないから。他に何もできないのならば、何をする?>)、見たものを淡々と描写する。<思考停止状態にありながらも現状を言葉で置換した。言葉で。言葉に。私は小説家だ>。
 これだけならば、嘘のない<決定的な"本物">の文章だった。しかし、作者は小説の想像力を持ち込む。<私は見たのだと書き記す。彼がそこにいる、レンタカーの後部座席に、五人目として>。
 だからこの小説はこう始まる。


 <こんなシーンがある。
 兄がいて弟がいる。その兄が弟に質問する。もしも宇宙人がいるとして、その宇宙人がUFOに乗っているとして、そのUFOにまるでカー・ステレオのようにオーディオ装置が搭載されているとして、だとしたら宇宙人にはどんな音楽を聞いてもらいたい? 飛行中、何を聞いてもらいたい?
 この問いに弟はそれほど明確には答えられない。すると兄が質問を変える。もしも宇宙人がいるとして、その宇宙人がUFOに乗っているとして、飛行中にビートルズを一曲だけ聞かせるとしたら、お前は何を薦める? 今度は、その弟は即答する。『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』だと。>

 (略)

 <「ストロベリー・フィールズ」とは孤児院の名前だ。イギリスの、アイリッシュ海に臨んでいる港湾都市リバプールに実在していた。だからこれは孤児たちの歌だ。孤児たちを歌うというよりも、孤児たちのための。>

 (略)

 <これは小説の中にあったシーンだ。その小説の著者は私だ。>


 その<小説>は、作者の過去作品である『聖家族』だ。この『聖家族』は<ふつうの長編または中編作品の五、六冊分に相当した。そのボリュームが、書籍の厚みが>。そして<ただの"長編"と呼ぶことは不可能なので>、「メガノベル」とまで称された。
 <が、過去に書いた小説の何が、どんな言葉が通用するというのか>。「メガノベル」さえもが通用しなくなったいま、「フォーエバー」=「永遠に」など、はたしてありうるのか。永遠に無垢のまま降り注ぐと思われた「光」さえもが、人間の手で、つまり原発事故によって放射能に汚され、手垢にまみれてしまった。小説の想像力が通用しないなら、この世に希望は見い出せない。
 だがこの小説の最後には、希望が、救済が、もたらされる。<後部座席に、五人目として>乗り込んだ彼、すなわち<イヌにしてウシである『聖家族』の長男>であり、作者の想像力によって生まれた「メガノベル」の主人公、によって。そこでは<馬>が重要な鍵を握る。単なるフィクションのハッピーエンドではない。なぜなら<物語性を帯びた善意を疑う人間>であり、<唾棄すべき俺の想像力>とまで書いた作者の辿りついたラストシーンだからだ。
 私は想像し、信じることができる。
 それでも光は無垢であると。

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