ディスコ探偵水曜日 上・中・下

  • 『ディスコ探偵水曜日 上・中・下』

  • 舞城王太郎
  • 新潮文庫
  • 580・660・820円(税込)
  • 2011年2月
  • ディスコウェンズデイ。自称迷子探偵。ある水曜日、彼と共に暮らす6歳の少女、梢の体が急に成長を遂げ、意識が未来の彼女と入れ替わるという現象が起こる。しかしこれはディスコが挑む謎の始まりでしかなかった。

境界を越えて、世界を繋げる

明治大学ミステリ研究会

 要約が不可能な――要約されることを拒む――作品がある。舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』も、そういった作品のひとつだ。迷子探偵ディスコ・ウェンズデイ、魂泥棒、推理作家・暗病院終了の死と奇妙な館パインハウスの謎、名探偵たちの果てなき推理合戦と連続死、エセスネインピナー、○ん○ん、ムチ打ち男爵と泣き叫ぶ子供たち、神々の黄昏、ラミア症候群、悪を体現する黒い鳥の男――物語の筋に沿ってどれほど言葉を連ねても何も説明できないので、単語の羅列から想像してもらうほかない。この豊饒な物語は、小説という器から溢れ出してしまっている。
 読者は『ディスコ探偵水曜日』という奇妙な題名を宛がわれたこの本を手に取った時、題名にもある「探偵」という言葉から、推理小説だと思ったかもしれない。若しくは、文庫版下巻のあらすじの「時空を超える」というフレーズで、SFと思ったかもしれない。かわいらしい少女が描かれている装丁を見てライトノベルだと思ってもおかしくはないし、文芸誌『新潮』に連載されていたという出自を知れば純文学作品だと思うだろう。そのどれもが間違いではないが、本書を一側面からしか捉えきれていない。
 『ディスコ探偵水曜日』は中盤まで、極めて推理小説的に物語が展開される。ガジェット(装置)とルール(お約束)に守られている推理小説の中で、それらを踏まえつつ時には外しながら、最後には遠く向こう――「推理小説」の世界という時空を超越してしまう。物語の中で「THE WORLD IS MADE OUT OF CLOSED ROOMS」というキーワードが登場する。厳格なルールに守られた密室でできている(be made out of)「推理小説」の世界。しかし、「世界」は密室の外(out of closed rooms)に作られる。
 『ディスコ探偵水曜日』は、ひとつのジャンルの型に嵌まらずに、意識的に複数のジャンルを越境している作品だ。掲載媒体から装丁ひとつをとっても、作家の企みが作品の外部にまで行き届いていることはわかる。そうまでして、どうして舞城王太郎は越境がしたかったのだろうか。越境することによって、何が伝えたかったのだろうか。

 それは希望だ。幾つもの世界をつらぬく希望。舞城王太郎は、希望を謳っているのだ。

 ジャンルというものは、あくまでひとつの物差しでしかない。世界を規定するものではない。善悪という概念でさえ、その範疇でない。「この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?」。全編を通して何度も引用される台詞だ。あらゆる出来事は運命のみで決定しない。希望という私たちの意志との相互作用から、すべてが生まれている。
 「推理小説」という密室の外にあった「世界」は、天国のような地獄、まさにディストピアだった。しかし、待ち受けている世界がどんなものであろうと、主人公たちはそれを肯定的に受け入れる。彼らは自分たちの希望を世界に託す。混沌として複雑化された複数の「世界」を繋げ、善悪の観念さえも超越し、いつもまっすぐ通っている希望。私もそれを信じて止まない。

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