天帝のはしたなき果実

  • 『天帝のはしたなき果実』

  • 古野まほろ
  • 幻冬舎文庫
  • 1,040円(税込)
  • 2011年10月
  • 豪華絢爛、戦中国家体制SF設定の青春学園本格ミステリ! メフィスト賞受賞、著者デビュー作が完全改稿され新たな顔を見せる! 独特の文体、踊るルビにより、選ばれた読者のみがたどり着く驚きの結末!

〈探偵する〉こと――戯れと真情のあわいで

推薦文No.3-3
筑波大学ミステリー研究会

 物語の世界設定は、平成二年(一九九〇年)、ただし軍人や貴族が存在し、帝政が敷かれている架空の日本だ。語り手は勁草館高校の吹奏楽部員、古野まほろ。コアラ似の顔をした探偵小説愛好家。うつ病を患い「ふしあはせの犬」だと自身を語る、そんな高校生だ。冬のアンサンブル・コンテストに向けて、日夜、超個性的な仲間とともに厳しい練習に取り組んでいる。
 まず、本作を語る上で何よりも特徴的なのは文体そのものである。
 同じ吹奏楽部員の修野まりの住む『柘榴館』に招かれた場面を引いてみると(以下、括弧内はルビ)、

 天棚画(てんじょうが)にはやはり穀物女神(デメテル)の悲憤が。耀白色(イリデッセントホワイト)の壁(ミュール)は絢爛精緻な金糸の装飾に満ち。絨毯(モケット)は重すぎない土耳古赤色(ターコイズレッド)。[中略]白い暖炉(シュミネ)や金縁の大鏡(グランミロワール)、純装飾的(デコラティヴ)な置時計(パンデュール)に別離を誥げて、扉(ドア)を過ぎまた扉(ドア)を過ぎ――

 はたまた、吹奏楽部員にして関西弁(カンサイイット)に独逸(ドイツ)弁を話す切間玄とまほろの会話を抜き出せば、

「プラクティカル・ハンドブック・オブ・ビー・カルチュア」さすがに驚愕する切間。「おい古野、これまさか(ドウ・シエルツト)」
「天晴勁草館いちの福璽摩斯趣味者(シャーロキアン)」と僕。「これがかの探偵自著に係る稀覯本」

 百聞は一見に如かず、とは言うものの、この作家の文体の特異さは以上の情景描写や会話の一部だけで完全に伝えるのは不可能だ。音楽、哲学、宗教学、芸術などの様々な学問分野から、文学、アニメ、マンガ、その他あらゆる雑学に至る膨大な知識が地の語りや会話に埋め込まれ、開いたページには所狭しと英・仏・独語などに彩られたルビが溢れかえる。
 読者は読み進めるうちにこうした雑多な知識に数え切れないほど出くわす。そのとき、元ネタがわかる時もあれば、まったく見当もつかない、または気づきもしないことも多いに違いない。読書は個人的体験であり、個々人によってまったく異なる体験であるが、ここでは漢字/ルビの読みの問題も併わせ、より先鋭化されているかのようだ。知る/知っていることの愉悦、接続される知識、そこに潜むどこか淫靡な味わいは、ヒトの殺人を巡る謎を楽しむ探偵小説とよく似合う。

 物語の紹介に戻る。本作は吹奏楽部の活動を通した仲間たちとの青春劇とともに、前半では主人公の親友の首なし死体と彼がたどり着きかけた勁草館高校を巡る暗号の謎の調査、後半はアンサンブル・コンテスト本番のコンサート会場における殺人事件とその推理に大きく分けられる。ここで注目したいのは後半だ。
 共に苦楽を分け合ったまほろ達は「大切な人」の斬首死体を発見し、彼らそれぞれが事件の推理を行い犯人を明らかにしようと試みる――いわゆる〈推理合戦〉が行われる。数人を除き容疑者はほぼ吹奏楽部の仲間たち。作中に記述された数多の伏線が縦横無尽に回収されながら紡がれるまほろ達の推理は、過程から真相に至るまで各々まったく異なる。調査し、推理をし、皆の前で〈真実〉を明らかにするのが〈探偵する〉ことならば、ここで各人が求めた〈真実〉もそれぞれ異なる。そして推理する者も容疑者も、大切な仲間である推理シーンは、常にその基盤に危うさを感じさせる。友情、愛情、羨望、尊敬、様々な感情が渦巻き噴出するこの場面は、単なる推理場面などではない。唯一無二のつながりで結ばれた仲間たちにより描かれてきた〈青春〉が、〈探偵する〉ことと、呼応しながら、軋み合い、響き合い、悲鳴を上げる一つの〈物語〉だ。
 読み手へ常に読みの選択を迫るルビ、さまざまな知識へと接続を促すネタの数々、ヒトとして〈探偵する〉ことの意味の問いかけ、そして終盤の世界が反転するかのようなカタルシス。劇場への扉は、すでに開かれている。

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