天帝のはしたなき果実

  • 『天帝のはしたなき果実』

  • 古野まほろ
  • 幻冬舎文庫
  • 1,040円(税込)
  • 2011年10月
  • 豪華絢爛、戦中国家体制SF設定の青春学園本格ミステリ! メフィスト賞受賞、著者デビュー作が完全改稿され新たな顔を見せる! 独特の文体、踊るルビにより、選ばれた読者のみがたどり着く驚きの結末!

最優秀推薦文

向き合うことについて

推薦文No.3-4
関西大学現代文学研究部

 まず、想像してもらいたい。
 貴方に親友がいたとする。そして貴方はその人のことなら何でもわかっていて、何から何まで知っている。さらに、相手も自分のことを100%理解してくれている。そういう想像を。
 ......さて、できただろうか。できたのであれば1つ質問がある。
 貴方は、そんな人が現実にいると信じられますか?
 信じられる、という人はもしかしたらいるのかもしれないけれど、しかし私は、そういうことはありえないだろうし、誰かが私のことを全部わかっている、なんてことは気持ち悪いことだと思う。どころか、たとえ全部でなかったとしても、ほんの些細なことでさえも、そのことを理解した、なんて胸を張って言うことは出来ないと思う。
 小説を読む、というのはこのことと似ている。そもそも、読書というのはその本の内容を理解しようとする行為のことであり、おそらくその全てを理解しよう、理解したいと思って本を読むのではないだろうか。
 しかし、一度読んだ作品を読み返してみるとそれまでとは違った解釈ができた。あるいは、何かの折に、ふと今までしていたのが間違った理解だったことに気付いた、という経験は誰にでもあると思う。
 つまり、何かのことを全部理解できたと思ったとしても、それが本当かどうかは、誰にもわからないのではないだろうか?

 さて、この『天帝のはしたなき果実』は、私たち読者の理解を拒絶するかのような要素からできている。全てのページにこれでもかと言わんばかりに散りばめられたフランス語やスペイン語のルビ、回りくどい言い回し、元ネタがどこにあるのかわからない発言の数々、そして何より文庫本にして760ページというその姿、そういった数々の「わかりにくい」要素によって、この小説は構成されている。
 一見、それらの要素は読者を煙に巻くために用意されたもののように思える。しかし、この作品においてそれらは、必然的に用意されたものなのだ。
 作品の主人公であり語り手である古野まほろは、強迫神経症のような病を患っており、自分が他者とは違うということを強く意識して生きている人物である。彼は、自分が他者とは違うことに悩み、他者に受け入れてもらえないのではという不安に悩まされながら生きている。しかし彼は、それでも誰かにわかってもらいたい、誰かのことをわかりたいという理想を捨てることはないのである。
 このような語り手による作品だと考えたとき、作品を構成する様々な「わかりにくい」要素は、その意味を変える。たくさんのルビも、回りくどい言い回しも、元ネタのわからないような台詞も、そのページ数も、全ては彼が自分をどうにかして伝えようとした結果なのだと。どうにかして理解して欲しいという意志の表れなのだと。
 つまり、この作品は、作中の人物がわかりあうため、そして、読者に作品のことをわかってもらうために、こんなにも言葉を尽くしているのではないか。そのためにありとあらゆる手段でもって、私たちに語りかけているのではないだろうか。私にはそう思える。

 最初に言ったように、何かを100%理解することは不可能に近い。
 だから、私のこの理解が正しいものだとはかぎらない。しかし、それでも、この考えを入り口に作品に真摯に向き合う、という行為に間違いはないと思う。

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