天帝のはしたなき果実

  • 『天帝のはしたなき果実』

  • 古野まほろ
  • 幻冬舎文庫
  • 1,040円(税込)
  • 2011年10月
  • 豪華絢爛、戦中国家体制SF設定の青春学園本格ミステリ! メフィスト賞受賞、著者デビュー作が完全改稿され新たな顔を見せる! 独特の文体、踊るルビにより、選ばれた読者のみがたどり着く驚きの結末!

混沌と秩序の同居

推薦文No.3-5
帝京大学文学研究会Literaters

 本格ミステリーというジャンルは、発端となる謎の発生、探偵役の登場、そして謎の合理的な解決といった決められた枠組みの中でバリエーションを展開しなければならないため、フェア・アンフェアに関する議論や、探偵の神の如き振る舞いを疑問視する後期クイーン問題といった袋小路にしばしば行き当たってしまう。従ってそれを打開するために、既存の枠組みを否定・破壊しようとする作品が登場するのは当然の成り行きである。
 「奇書」や「アンチ・ミステリー」と呼ばれる事もあるそれらの作品群の代表格――中井英夫の『虚無への供物』の登場人物の台詞が本作の冒頭に引用されており、タイトルも明らかに『小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない』という中井の言葉へのオマージュであることから、『天帝のはしたなき果実』が同じ系列に位置する作品であると予想するのは当然のことであろう。
 しかし、本作を読み終わった今、私はその予想は半分当たっていて半分外れていたと言わざるを得ない。なぜなら、本作は古今のあらゆる小説を闇鍋にぶち込んで煮込み、型破りな要素で味付けした「奇書」的な混沌とした性質を持ちながら、同時に緻密な論理を構築して犯人を指摘するパズラー小説としても優れているという、矛盾した二面性を備えていたからである。
 この作品のストーリーをごく簡単に説明すると、吹奏楽部に所属する高校生が大会を目指して必死に練習する最中に殺人事件に遭遇するが、その裏には世界を揺るがす真実が隠れていたのだ......といった所だ。こう説明すると、学園ミステリーの雰囲気が色濃く感じられそうだが、実際のところ、読者は本筋から逸脱した装飾のあまりの多さに翻弄されてしまうだろう。
 まず目につく点は、特徴的な文体と衒学的な会話の奔流である。魔銅色(ニッケルシルヴァー)、有難さん(スパスイーパ)、驚愕したで(グロースアールティヒ)、そして終幕(カーテンフォール)。地の文、会話文を問わず、このようなルビを多用した単語が全編に溢れており、登場人物達は稀覯本や世界史の知識を駆使して、高校生とは思えない日常会話を繰り広げる。これらは、ヴァン・ダインの作品を始祖として、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』で頂点を迎えた趣向を意識したものであることが推測できる。
 また、暗号・見立てなど、ミステリーを愛好する者なら大喜びするガジェットがこれでもかという程に詰め込まれているが、その真相はどれも突飛なもので非常に驚かされる。
 そして......この圧倒的な物語の波に飲み込まれた読者が辿りつく結末は、ミステリーの目的の主眼ともいえる「合理的な解決」を否定し、近年流行しているセカイ系の雰囲気すら感じさせるファンタジックなものなのだ。
 ここまで列挙しただけでは実にカオス極まりない作品に見えるが、後半から始まる事件の推理が、本作をただの奇書ではなく、本格ミステリーならしめていると感じる。
 まず、アリバイや現場証拠によるロジックが組み立てられるが、その消去法を利用した推理は実に緻密で隙が無い。しかも、そのような推理がひとつだけではなく、いくつも登場し、アントニイ・バークリーの有名作品を連想させる多人数による推理合戦が始まる。試行錯誤を繰り返し、公理を導き出していく様はロジックを重視する推理作家エラリー・クイーンにも引けをとらない出来だ。
 なぜ作者の古野まほろは、あらゆるミステリーやそれ以外の小説の要素を投入したうえで、このように混沌と秩序という相反する要素をあえて両立させたのだろうか。そこには物語を破壊することの衝撃のみを主眼とした作品の増加への反発が根底にあるのだろうと推測できる。破壊だけではなく、他の物を創造することは考えている以上に難しい。
 その二つの要素を見事に同居させることに成功した『天帝のはしたなき果実』は、貴方に稀有な読書体験を与えてくれるだろう。

推薦文一覧へ戻る

最終候補作品

候補作品

折れた竜骨
(米澤穂信/東京創元社)

神様のカルテ
(夏川草介/小学館文庫)

県庁おもてなし課
(有川浩/角川書店)

これはペンです
(円城塔/新潮社)

ジェノサイド
(高野和明/角川書店)

下町ロケット
(池井戸潤/小学館)

少女不十分
(西尾維新/講談社ノベルス)

すべて真夜中の恋人たち
(川上未映子/講談社)

ディスコ探偵水曜日 上・中・下
(舞城王太郎/新潮文庫)

ばらばら死体の夜
(桜庭一樹/集英社)

モダンタイムス 上・下
(伊坂幸太郎/講談社文庫)

リトル・ピープルの時代
(宇野常寛/幻冬舎)