ハーモニー

  • 『ハーモニー』

  • 伊藤計劃
  • ハヤカワ文庫
  • 756円(税込)
  • 2010年12月
  • 21世紀後半、世界的混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築く。そんな見せかけの優しさが氾濫する世界で、少女たちは自殺を試みる。世界の混乱の陰に死ねなかった少女は、ただ一人死んだはずの少女の影を見る。

『ハーモニー』が私たちに問いかけること

推薦文No.5-1
二松学舎大学二松学舎文学談話室

 私たちが日頃行っている意思決定にどれだけの自由があるのでしょうか。わたしは読了して初めに、そう思いました。この成熟した社会形態に住む私たちには思っているほど自由はないのかもしれません。
 生まれながらにしてあるイデオロギーに属している私たちは、当然の帰結として所属する社会に有益な主体となるべく教育されます。『ハーモニー』の舞台はミシェル・フーコーが警鐘を鳴らした「教育」の本性が露骨に表れています。そこでは「やさしさ」と「思いやり」が真綿で首を絞めるようにじりじりと人を憔悴させてゆく。しかし大災禍の反動で創られた極端な社会形態に反発する「タマシェクの戦士」のような人は少なく、また大半の人々は自分たちが飼いならされていることに気づきません。「権力が掌握してるのは、いまや生きることそのもの。そして生きることが引き起こすその展開全部。死っていうのはその権力の限界で、そんな権力から逃れることができる瞬間。死は存在のもっとも秘密の点。もっともプライベートな点」少数の、疲れきった人々は自殺を選択する。パブリックな自己を傷つけることで社会に反抗するために。語り手である女性も少女のころ、そうして社会に歯向かおうとしていた...。
 私たちはどうでありましょうか、少なくとも私は小、中、高校と日本社会に順応するように「教育」されてきて、不信感を抱いたことは少ない。社会からはみ出すことのないように、凡庸な社会人となるべく教えられてきた。そして学校教育においては、集団生活に適応できない者は矯正させられる。自分の個性を犠牲にして。そうして完成した社会人は人生の無限にある意思決定の場面において、知らず知らずに所属する社会に不利益をこうむらないよう限定された選択から問題を解消する。
 学校からの帰りの電車で読み終えて、家に向かう道を歩いていると、普段見飽きているはずの風景が、どこかすこしよそよそしく、私の目に映りました。社会に順応していた私を、すこしだけ、社会から切り離しました。明日の電車では、満員電車で立っている老人を尻目に、平然と青いシートに腰をおろしているかも知れません。私はきっとさまざまな要素に影響されやすいのでしょう。『ハーモニー』を読んだあとでは単純な私にとって、反乱分子になることが魅力的に思えてしまいます。しかし私でないにしても多かれ少なかれ、現在の自分の思考に疑問を抱くことでしょう。自分の意思は実は自由意志ではないこと。これほど目から鱗なことはなかなかありません。そして伊藤氏に啓蒙された私はこれからどのような立場をとるべきか、考えなくてはならなくなりました。しかしそのことに関してわずらわしさは感じません。新しいおもちゃを与えられた子どものような気持ちです。
 『ハーモニー』は結局、「昔の兵隊が、身体を靴に合わせた」ように人々が、究極的に社会的な存在となることで終わりを迎えます。私たちはどのような回答を提示できるのでしょうか。個性と社会とが衝突しあうとき、どのような態度をとるべきなのか。ぶつかり合い、葛藤して、もしくは、折り合いを見つけていくのでしょうか。これからの時代を担う私たちの重要な議題の一つを、本書は、提示していることは間違いありません。

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