ハーモニー

  • 『ハーモニー』

  • 伊藤計劃
  • ハヤカワ文庫
  • 756円(税込)
  • 2010年12月
  • 21世紀後半、世界的混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築く。そんな見せかけの優しさが氾濫する世界で、少女たちは自殺を試みる。世界の混乱の陰に死ねなかった少女は、ただ一人死んだはずの少女の影を見る。

『ハーモニー』推薦文

推薦文No.5-3
美作大学図書館ボランティアグループ

 この作者、伊藤計劃(いとう けいかく)は、2007年6月に長編「虐殺器官」で小説家としてデビューした。その後、第2長編としてこの『ハーモニー』は、2008年12月に刊行された。この2作はそれぞれ、「SFが読みたい!」の2008年版・2010年版の第1位をとっている。また、『ハーモニー』は日本SF作家クラブ主催による第30回日本SF大賞、SFファンの投票による第40回星雲賞日本長編部門を受賞している。しかし、これらの賞を作者が直接受け取ることはなかった。2009年3月20日に、長い闘病生活の末に亡くなったからである。享年34歳。
 そんな伊藤計劃が最後に書いた作品が『ハーモニー』である。この作品では、21世紀のはじめに起こった「大災禍(デ・メイルストロム)」と呼ばれる地球規模での大擾乱(秩序を乱すような騒ぎのこと)と核兵器の使用による荒廃の時代を経て、そのトラウマと反省から、テクノロジーによる極度の厚生社会、高度医療社会が実現された世界が描かれている。
 このような世界の中に生まれた少女を主人公に話が展開される。まず、性格がまったく違うミァハ、トァン、キアンという名の3人の少女が現れる。この3人は、世界の常識に反抗しようと「餓死」という方法で自殺をすることにした。しかし、死んだのはミァハ、1人だけ。生き残った2人のうちの1人、トァンが主人公である。前半は、トァンが過去を振り返ることで物語が進んでいき、後半は実際にリアルタイムで話が進んでいく。展開の背景からもテクノロジーの発達度は分かるし、医療技術がどれだけ進展しているのかを理解できる場面がいくつかある。
 『ハーモニー』の世界観は、簡単に言えば「誰も病気で死ぬことがない世界」である。そして、「相手を思いやる気持ちを尊重する」というものである。一見、とても幸せで何の問題もない世界のように思えるが、「死ぬことがない」ということは、どんなにつらくても、「死ねない」ということにつながる。私たちが義務教育で学んだ「人を思いやり、健康な人生」が極端な形で描かれている。そしてこの世界観がタイトルである『ハーモニー』を表していると考えられる。
 伊藤計劃が小説という営みにおいて追求しようとしているものは「動物としての人間」を冷静に見据えることからしか「人間」に迫ることは出来ないということである。そして、完全に理論的な内容で小説を作り上げている。
 また、この小説は、完全なる一人称で話を進めているため、主人公以外の気持ちや感情はいっさい分からないようになっている。実際の対人関係のように、相手の気持ちを考え、自分なりの解釈で話を進めていくことができるようになっている。終わり方も独特であり、本当に自分が主人公になったような感覚に陥ることが出来る。
 読み始めは、伊藤の独特な世界に入ることに抵抗を感じ、内容を難しく感じるが一度理解すれば、おもしろく最後まで一気に読める内容になっている。読み終わった後は、今の世界観についてじっくり考えることが出来る小説である。
 そして、この作品は、デビュー作である『虐殺器官』の続編のようなものである。『ハーモニー』単体でも読めるのでこの本から読み、デビュー作を読んでもおもしろいシリーズとなるだろう。SF小説が好きな人、理屈が大好きな人、時間をかけて小説を読みたい人に、ぜひお薦めする。

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