ビブリア古書堂の事件手帖

  • 『ビブリア古書堂の事件手帖』

  • 三上延
  • メディアワークス文庫
  • 620円(税込)
  • 2011年3月
  • 極度の人見知り篠川栞子が店主を務める「ビブリア古書堂」。本が読めない「体質」の五浦大輔は、祖母が残した『漱石全集』の査定を通してアルバイトを始める。訪れる奇妙な客と本をめぐる謎を解き明かすミステリー。

あなたは本は好きですか?

推薦文No.6-1
獨協大学文芸部

 本は好きでも読書が苦手。そういう人は少なくないんじゃないだろうか。
 本書はタイトルの通り古書を題材にしている。えてして本をテーマに据えた小説は、ある程度の読書経験がないと十全には楽しめない部分があったりする。けれどこの作品にはそれがない。語り手である五浦大輔が読書ができないというトラウマ的な体質を抱えているからだ。
 読書ができない彼がひょんなことから鎌倉の古本屋『ビブリア古書堂』の店主・篠川栞子に雇われて店員として働くことになり、その中で古書にまつわる様々な物語と出会う。これがこの作品のあらすじだ。物語の中でいくつかの本がキーアイテムとして登場するけれど、大輔は体質のせいで読みたくとも読むことができない。その代わりに無類の読書家である栞子が本にまつわる話を話して聞かせるのである。
 そんな状態だから大輔(と読者)の得る情報は本の内容そのものについては断片的だ。けれど物語は滞りなく進んでいく。この作品が本の中でも古書を扱っていて、その古書をとりまく人々を描いているからである。本を読めなくても、人を見ることはできるのだ。
 日常的に本を読まない人でも、一度誰かに読まれた本が新品のそれと内容は同じでも明らかに違うものであることは感覚的に分かるんじゃないかと思う。国道沿いに展開しているような新古書店に並ぶような本にだって、元の持ち主に読み込まれたのが分かったり、中身を開いたら鉛筆で傍線が引いてあって面食らったりすることがある。どんな些細なことであっても、古書はそれぞれ物語を持つのだ。それは他愛もない思い出話であり、それは人生を左右するものでもある。人々にとってのそれぞれの本の意味や価値をクローズアップしたこと、それが本作が数多くの読者の手に取るような小説になった理由の一つだろう。
 しかしながら本は読まれるもの。本書はそのこともないがしろにはしない。物語の中で、読書をしない大輔と大なり小なり読書家である登場人物たちの間にはしばしば価値観の相違が見られる。その構図はどこにでもありながら、普段は意識されないものであるように思う。つまり熱心な読者とそうでないものとでは、作品の読み方どころか読書という行為への向き合い方からして違うのだ。本をこよなく愛し、読書は尊い、活字離れが嘆かわしいと言う人もいる。読書なんて少数派の趣味で、そこかしこに書店があるのが異常なのだと言う人もいる。ある人によってはたかが読書でも、またある人にとってはされど読書。
 果たして読者はそのどちらに共感するのか、それは読者次第だろう。しかし、ともかくこの作品の語り手は大輔であり、読書をしない、本に思い入れのない人間の視点で物語は進む。恐らくは読書家であるだろう著者があえて読書をしない人間のことを想像して、だ。その大輔は、本を大事にする人である栞子のことを理解することができなかった。栞子も、読書家でない大輔を決定的な場面で信頼することができなかった。
 読書との縁のない人間と、熱心な読書家との温度差。その差を浮き彫りにしつつ、それでも歩み寄ることはできると、この小説は締めくくる。劇中の彼らの結末は、「読書人」にとって意味深いものであるように思う。
 読めなくとも読まなくとも読んでいなくとも、本が好きであることに違いはない。本はいつだって読むことができるし、そして読まれるものという以前に、既に本は「本というもの」としての意味を持っているのだから。
 この作品は、本が本に愛情を持つすべての人に開かれていることを教えてくれる小説であり、また、一冊の本であるのだ。

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