モダンタイムス 上・下

  • 『モダンタイムス 上・下』

  • 伊坂幸太郎
  • 講談社文庫
  • 590・690円(税込)
  • 2011年10月
  • システムエンジニアの渡辺は、ある日妻が雇った謎の男から拷問を受ける。得体の知れない妻の行動、上司の失踪、同僚の逮捕…。仕事でプログラム解析をしている途中で見つけた不可解なコードから、全ては始まっていた!

無題

法政大学もの書き同盟

 映画に詳しくない方も『モダンタイムス』という言葉を聞いたことがあるだろう。チャーリー・チャップリン主演の、ユーモラスに人間が機械の部品のように現代社会へ組み込まれていくのを描いた名作だ。その当時の歪み、または病、それを気持ちいいほど痛烈に批判している。伊坂幸太郎著の『モダンタイムス』も前述の映画と同じタイトルであり、同じようなコンセプトを持っている作品だ。

 勇気を家に置いてきた、と言い訳をして作品は始まる。時は二十一世紀半ば、主人公である渡辺拓海はいきなり違う仕事を任されることになる。それは有能な上司である五反田正臣が途中で投げ出したいわくつきの仕事だった......。
 というのが、この作品の粗筋なのだろう。そこから伊坂幸太郎お得意の、テンポのよい小さいネタを提示し読者を引き込み、と同時に伏線を張り、そして最後に全てを回収して読者をアーと言わせるシメを迎える。読んでいて面白い名作だ。

 そして、今回この作品でテーマになるのが『システム』だ。もちろんこの言葉はそのままコンピューターにおけるプログラムにも、または現実世界の決まりごとや、過程を示す際に使われるプログラムのどちらにも対応している。そして作者はシステムどおりの生き方に疑問を持たないことの正しさについて疑問を投げかける。

 例えば、主人公がこの事件に巻き込まれたのも、仕事で任せられた範囲を超えて調査したのが、約束を守るという、社会のシステムを守らなかった罰だ。だが後にシステムに逆らうことで、明かされていく真実を照らし合わせていると、事実を知らずにただシステムどおりに生きている人がひどく滑稽に映り、それと同時にこれほどの闇を隠している歪みにうすら寒くなるだろう。そして、終盤、主人公の妻がシステムどおりに生きて、そしてその挙句に何も考えずに行動をとるようになった者へ、制裁を与える。

 実は私たちも制裁を受ける責任があるのかもしれない。なにせ、ほとんどの日本人は自分達が利用しているシステムに対して疑問をもたず、ただ受け入れているだけだから。

 しかし、もしそんなことを作者に訊けば、否とすぐ答えるだろう。そう伊坂幸太郎の作品の魅力の一つは、きちんとした答えを導かないことだからだ。代表作『ゴールデンスランバー』では、主人公は最後逃げ出し、『魔王』では主人公が歪みと戦う意思を持ったところで唐突に幕が下りる。何が正しいのか、それは各人の思うところそれぞれなのだと作者は語りかける。

 別に作者が答を出すことから逃げているわけではない。むしろ、明確に、作品内で明示され、ただしそれと同じ量の、その意見に対する反論も作品内に存在するのである。この作品でも真実を暴くことへの不利益や、無益さを何度も読者に語りかけ、主人公も最後には逃げてしまう。そして前述のとおり、作者はこうも問いかける。じっくり思考してほしい、と。
 例えばこの作品なら映画モダンタイムスと同様、システムの一員となってしまった私たちにこれでいいのか、と問いかける。これもまた作品の魅力の一つではないだろうか。

 もちろん思考するのにも勇気は大切だ。だが大丈夫だろう。思考する勇気を実家に置いてきた人はいない、それを私たちはいつでも持っている、絶対。

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