リトル・ピープルの時代

  • 『リトル・ピープルの時代』

  • 宇野常寛
  • 幻冬舎
  • 2,310円(税込)
  • 2011年7月
  • 春樹曰く、「もうビッグブラザーの出る幕はない」。ポップカルチャーを手掛かりに<拡張現実の時代>を読み解く、若手言論のシーンを代表する快作。作者の説く想像力で、私たちは世界を変えることができる。

「物語」を愛する全ての人へ

中央大学文学会

 あなたは小説が、あるいはアニメや漫画、TVドラマ、映画が好きだろうか?これを読んでいる人たちの答えはおそらく肯定だろう。もちろん、私も好きだ。しかし、昨年のある時期においては例外だった。それは、3月11日の東日本大震災後の約2週間ほどの期間である。震災後、津波の映像や福島原子力発電所の原子炉の動向を巡るニュースが頻りにTVで報道され、コンビニやスーパーからは保存食品や水の姿が消えた。いつ余震を知らせる地震速報の音がケータイから聞こえてくるのか分からず、放射能による健康被害の可能性に怯える日々。そんなときに小説などの創作物を鑑賞することに果たしてどれほどの価値があるのか。もっと現実と向き合わなければならないのではないか。そう考えると、私は小説が読めなくなった。

 「小説を読むことには何の意味があるか?」

 これは読書人が一度は直面する問題だ。どんなにいい小説を読んでも、現実に直接与える影響は微々たるものだ。小説よりも実用書のほうが、読んだ後にすぐに実践できることがあるだろうし、その効果がはっきりと実感できることだろう。小説などの虚構は所詮、作り物であり、それが個人的な楽しみの対象以上のものになることは少ない。特に震災後において、この問いが顕在化したのだろう。今、改めて問いたい。あなたは何故、小説を、虚構をそれほどまでに愛しているのか?
 
 これに対する一つの答えを本書「リトル・ピープルの時代」は与えてくれる。本書では、村上春樹の小説や仮面ライダー、ウルトラマンをはじめとして様々な物語がこれまでどのように社会について、世界について捉えてきたのかが語られている。上記の作品は何十年もの期間にわたって、社会の構造の変化を描き続けてきた。こうした物語の想像力が現実の変化にどのように敏感に反応してきたのかについて説明がなされる。まだ私たちが実感する前の社会の雰囲気を、想像力は抽象的な形でかもしれないけれども、私たちに伝えてくれる。物語の想像力は常に、私たちの認識に先行している。それは物語だからこそ、作り物だからこそ、できることだ。

 確かに、物語は私たちに直接、生きるための手がかりを与えてくれることはない。しかし、この想像力はイメージを与えてくれる。「ビッグ・ブラザーの時代からリトル・ピープルの時代へ」「ウルトラマンから仮面ライダーへ」「仮想現実から拡張現実へ」このような、社会の構造の変化についての印象的なフレーズが本書には用いられている。ぜひ多くの人に本書を読んでもらいたいから、ここでこれらのフレーズの意味を説明することは避けるが、私たちがなんとなく感じているけれども、まだはっきりと理解できてはいない社会の変化が見事に物語に反映されていることが分かるだろう。実際に読んでいただければ、間違いなく、作者の物語に対する愛を感じられる。

 本書は出版時に「震災後のサブカル評論」あるいは「空気の読めない」などと批判された。つまり、震災後にこのようなサブカルについてなど、どうでもいい、不謹慎だという批判である。確かに、家や家族を失った多くの悲しみにくれる人々の存在を考えると、暢気にサブカルを楽しむことは悪いことのように思われるかもしれない。私もそう感じたからこそ、物語が純粋に楽しめなくなったのだ。しかし、それは既に述べたように、たったの二週間程度の期間だった。その後には、以前と同じようにふたたび小説を読み、楽しんでいた。私は、例え何があっても物語を楽しむことをやめられないのだろう。同時に物語からでしか、得られないものがある。それはこれからの社会についてだ。そして、私と同じように物語なしでは生きられない人もいるのではないだろうか。そのような人たちを励ましてくれる本書を震災後の今だからこそ、『全ての物語を愛する人』に読んで欲しい。

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