折れた竜骨

  • 『折れた竜骨』

  • 米澤穂信
  • 東京創元社
  • 1,890円(税込)
  • 2010年11月
  • 舞台は中世ヨーロッパを思わせる、人々が闇を、魔を、未知を恐れる暗黒の時代。そんな時代に主人公は一人、近代的な理性を武器にどこまで戦うことができるのか。「ダーシー卿」を想わせるファンタジーミステリの傑作。

判断の先にあるものは

京都府立大学文藝部

 私たちは普段どれだけの情報を見て判断することができているのだろうか。
 些か唐突で不明慮な発問ではないかと思う。私たちは日常生活において多種多様な情報に晒されている。友人、恋愛、学校、就職関係などの個人の受け答えレベルから大震災や原発問題、経済情勢、民俗紛争、環境問題などの新聞や雑誌、テレビで扱われる世界レベルまでが常に目の前を行き交っている。インターネットの海を少しでも覗いてみれば、それこそ無尽蔵に広がっている。虚偽の情報が紛れていることも多々ある。全ての情報を取得するわけにもいかず、当然無数の情報から私たちは常に選択をする。それは意識無意識にかかわらず、選り好みになってしまっていることが多い。全てを真面目に受け取ってばかりではいられないからだ。
 さらに、情報は常に発信者の意図が隠されている。普段は裏までを考えることはない。そして、私たちは物事の判断に際して、その根拠をどうしても他者に依拠しがちでもある。これらは人間である以上仕方ないことであろう。現代社会は常に自分が試されている、といえるのではないかと思う。
 そこで本作を見てみる。本作は魔術や呪いが近くにある中世を舞台にした本格ミステリである。信仰や当時の習俗ならでは中心の考え方になりがちな世界である。
 そんな中で本作の探偵役であるファルクは非常に現代的な考え方をしている。最も象徴的なセリフが前半の「何も見落とさなければ真実は見出せる。理性と論理は魔術をも打ち破る。必ず。そう信じることだ」であろう。彼は常に冷静に物事を捉え、理性と論理をもって、真実を明らかにしようとしている。ファルクの毅然とした姿勢に作品世界の「中世」を通して、私たちの「現代」を見つめなおす機会を与えられているように感じるのである。
 また、時に従士のニコラが、得られる情報から考えが先行しがちなのをファルクが師匠として窘める、という良き親であり教師然とした姿も見られる。これはまだ時に間違い失敗もする、社会の庇護下にある私たち大学生として捉えることもできる。同様に、本作の語り手であるアミーナは父を暗殺騎士の魔術によって殺されたことで、父の庇護下から突如として社会に放り出され悩みを抱えた存在となる。圧倒的な情報量に晒される時、人は誰しも迷い戸惑うものであるから。
 だからこそ、私は本作をミステリとしてだけはなく、別の側面からも読み解けるのではないかと考えるのである。
 情報を全て正確に取得して判断を下すことは不可能である。ミステリを読んでいてさえ、作者の用意した解答まで至ることは中々に難しい。だが、私たちは社会に生きている以上、情報とは切っても切れないものである。ならばこそ、「理性と論理」をもって事にあたるしかない。時には論理に合わないことも出てくる。その時のためには「芯」とも言うべき自分の「信」をもって証明し現代の情報社会に向き合っていくことが求められるだろう。
 まずは一度、自分の周りの情報を多少時間がかかっても整理し、自分が何を為すべきなのかを捉えなおす必要があるだろう。そのきっかけの一つとして、本作を手にとってみて欲しいと考えるのである。
 私たちはファルクの導きから離れ、やがてニコラのように自ら「理性と論理」をもって社会に対して「証明」し、「時が来たなら迷わず義務を果た」さなければならないのだから。

推薦文一覧へ戻る

最終候補作品

候補作品

折れた竜骨
(米澤穂信/東京創元社)

神様のカルテ
(夏川草介/小学館文庫)

県庁おもてなし課
(有川浩/角川書店)

これはペンです
(円城塔/新潮社)

ジェノサイド
(高野和明/角川書店)

下町ロケット
(池井戸潤/小学館)

少女不十分
(西尾維新/講談社ノベルス)

すべて真夜中の恋人たち
(川上未映子/講談社)

ディスコ探偵水曜日 上・中・下
(舞城王太郎/新潮文庫)

ばらばら死体の夜
(桜庭一樹/集英社)

モダンタイムス 上・下
(伊坂幸太郎/講談社文庫)

リトル・ピープルの時代
(宇野常寛/幻冬舎)