これはペンです

  • 『これはペンです』

  • 円城塔
  • 新潮社
  • 1,470円(税込)
  • 2011年9月
  • 文章の自動生成装置を発明した叔父とその姪。存在しない街を克明に幻視する父とその息子。「言葉」を手がかりに繋がろうとする家族を通して読むこと、書くことの根源を照らし出し、言葉と人々を包み込む2つの物語。

これはペンで書かれている

筑波大学ミステリー研究会

 主観であり、主観でしかない推薦文であるから申し訳ない。もっとも、客観の推薦文など、芥川賞受賞作家の看板を掲げておけば十分であるとは思っている。
 本を読み終わり閉じたとき、その物語の終わりにより世界の消失を実感し、少し寂しくなる感覚が好きである。自分はこの本が好きだったのだ、と思う。
  円城塔の諸作は面白く大好物であるのだが、この感覚に出会わない。理解できていないせいもあると思う。作品を読み終え感じるのは、この物語は終わらせることができるのだ、という驚愕である。本の厚みと紙の厚み、そして文字の大きさが有限であるからそんなことはありえないのだけれど、もしかしたら永遠に続いてしまうのでは、と疑ってしまう。そしてそんな感覚は、ひどく楽しい。
 『これはペンです』でもこの楽しさは味わったが、冒頭に挙げた寂しさも同時に襲ってきた。恐ろしい本である。すなわち私はこの世界を気に入ってしまったのだ。この本では、世界が私たちの観測に近く、表面上は理解しやすい。
 あらすじは紹介しない。スペースが無駄になるし、検索すれば出てくる情報である。
 前半の「これはペンです」に登場する叔父さんと姪。この二人は実に生き生きとしている。実在する円城塔よりも、生き生きしている。叔父さんは輪郭がぼやけているものの、そのお茶目さに惹かれてしまった。姪が母に心配されながらもメールを出し続ける気持ちもわかる。読者も姪も叔父の顔はわからない。そういう意味では同等で、どちらにとっても叔父は文字。奇抜な方法で文字を書き続ける叔父は、自分の存在を自分で揺るがせている。磁石を几帳面に並べていたり、ブルドーザーを操縦していたりする叔父は、実在するのかしないのかも不明で、手紙から影響を受けた想像の中に住んでいる。少し変わった叔父としておけば平和であり、それでいいと思う。
 後半の「良い夜を持っている」の父と息子。父は父の超記憶力のせいで、どうしようもなく別世界に住んでいて、息子は父がいなくなって何年も経ち理解をしようと試みる。どうしようもなく親子である。父の視点だけから書かれたなら、そこには常識の通用しない記憶の町が広がり、理解できない話になったと思うが、息子が書いてくれているおかげで私の視点に近くなる。円城塔が読者に優しくなったのか、それとも題材のおかげか、歩み寄ってくれている。そして、この話が「これはペンです」の後に置かれることにより、素晴らしい効果を上げている。「良い夜を持っている」だけではなく「これはペンです」にも影響を及ぼす。正しく言うならば、過去に「これはペンです」を読んだ私に、その理解に、大きな影響を及ぼす。
 両作品とも、題材の秀逸な選び方により、テキストを書くことによって、人間を書くことができる。円城塔が得意とする土俵に、「評価」を持ってくることができる。たまたまかもしれないが、そのたまたまのおかげで、円城塔を読むことができる。感動できる。
 難解だと言われる円城作品の特徴は、その知識から生まれる特殊な比喩(実例)と、世界と、書き方である。知らない言葉は検索すればなんとかなる。世界だって、勉強すればそのうち理解できるはずだ。推理小説読みとして気になったのは、書き方である。作中のよくわからないことが、読み進めていくと、さり気ない記述でわかったりする。円城塔は、推理小説のように、隠していたものをどどんと開陳したりはしない。隠している気すらないのでは、と思う。ただ順番に、素直に書いていった結果が、読者の「気づき」に繋がるだけで。
 そう考えると、円城塔は素直である。読者も素直に、面白がれば良いと思う。そして、面白がっているだけなのに、『これはペンです』はいつの間にか、私のペンになっている。

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最終候補作品

候補作品

折れた竜骨
(米澤穂信/東京創元社)

神様のカルテ
(夏川草介/小学館文庫)

県庁おもてなし課
(有川浩/角川書店)

これはペンです
(円城塔/新潮社)

ジェノサイド
(高野和明/角川書店)

下町ロケット
(池井戸潤/小学館)

少女不十分
(西尾維新/講談社ノベルス)

すべて真夜中の恋人たち
(川上未映子/講談社)

ディスコ探偵水曜日 上・中・下
(舞城王太郎/新潮文庫)

ばらばら死体の夜
(桜庭一樹/集英社)

モダンタイムス 上・下
(伊坂幸太郎/講談社文庫)

リトル・ピープルの時代
(宇野常寛/幻冬舎)