ジェノサイド

  • 『ジェノサイド』

  • 高野和明
  • 角川書店
  • 1,890円(税込)
  • 2011年3月
  • 人類が絶滅する可能性について書かれたハイズマン・レポート。父を失った大学院生と息子を失わないために戦う傭兵の運命が、レポートによって交錯する。その中で二人は人類の新たな可能性を見る。

人間の証明

一橋大学文芸部

 「ジェノサイド」とは英語で虐殺を意味するが、私はこのタイトルを見たときに「虐殺器官」を思い浮かべた。どちらも虐殺という物事を通じてヒトとしての在り方をテーマに据えている点は同じだが、こちらの方が現代を舞台にしている点で読みやすいように感じられた。
 この作品は三人称多視点で描かれ、アフリカやアメリカ、日本で頻繁に場面を転換する。父を病気で失った日本の大学院生と難病に苦しむ息子を抱えた傭兵という接点もない二人を中心に、アメリカの情報機関も巻き込み次々と謎や事件が起き続ける。この怒涛の展開により作品にスピード感が生まれており、読んだ人は徹夜して一気に読み終えてしまうくらいこの本に引き込まれてしまう。そして人類誕生の地アフリカと地球の裏側に当たる日本が結びつく過程で、様々な人物の立場を通じて人間が語られる。日本人や韓国人、アメリカ人といった国籍で語られていた人間が、物語が進むにつれ「ヒト」というマクロな視点で語られるようになる。
 作中で「人間と他の動物を隔てるのは、想像力の有無」だという意見が述べられるが、その場合「肌の色や国籍、宗教、場合によっては地域社会や家族といった狭い分類の中に身を置いて、それこそが自分であると認識」することは、想像力に欠けているのではないだろうか。そうした自分しか信じられないことは、また「数百万の人命よりも、数千頭のゴリラのほうを気にかけ」ることは、はたして人間らしい行動なのだろうか。一方で「人間だけが同種族間の大量殺戮(ジェノサイド)を行う唯一の動物だ」という見方も作中で提示される。これによれば、歴史に残る「大虐殺(ホロコースト)」は人間らしい行動となってしまう。
 実際、虐殺をおこなうのは「核ミサイルの発射スイッチを片手に他国へ劣化ウラン弾を撃ち込んでいる狂人」などではなく、「普通の人間」である。「然るべき地位さえ与えられれば、誰もが核ミサイルの発射ボタンに手をかける危険性を孕んでいる」ため、その中で「想像力の欠如した人間」が「戦争を引き起こす」。
 それでは、大統領ではない私たち「普通の人間」には現状を改善することはできないのだろうか。私はそうではないと考える。虐殺を行うのが「普通の人間」であるならば、私たちが普通の人間をより良い方に意識して変えていけばいいのではないだろうか。「悪よりも善の性向」を上回らせ、「"助け合うヒト"としての面目を保」つように行動して「この世界にはそんな人間もいることを」示していけば、こうした悲劇を未然に防ぐことに繋がるのではないかと私は考える。
 現在地球上に蔓延している諸問題は、学者が人間の脳に関して新発見でもしない限りは一斉に解決することはできない。いつかこれらの問題を解決できるように「せいぜい頑張って、この不完全な脳に磨きをかけ」て努力していこうではないか。

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