下町ロケット

  • 『下町ロケット』

  • 池井戸潤
  • 小学館
  • 1,785円(税込)
  • 2010年11月
  • その特許がなければロケットは飛ばない――。最先端特許を取得した町工場は資金繰り、法廷闘争、内部分裂や企業買収とまさに崖っぷち。モノ作りに情熱を燃やし続ける男たちの意地とプライドを賭した戦いがここにある。

何が重要なのか。

大東文化大学國文学研究会

 私たちの将来とはいったいどういうものだろう。夢や希望はいつまでもてるのだろう。いつのまにか「自分のやりたいこと」が、「誰かと同じようにやりたいこと」になっていないだろうか。どうやら、誇りをもって「これが俺の仕事よ」と言える未来には、私たちのうちの多くが歩いている道は、繋がっていない。
 ならばなぜ、そのような未来に繋がっていないのか。「下町ロケット」の主役である佃航平は、ロケットエンジンの新しいバルブシステムを作るという一点において、誇りを持ち続けた。損を出しても、バルブシステムを作ろうと決めたのだ。そして、夢を達成する。片や、私たちはどうだろう。大部分は生活と将来の安定を求め、自分でモノを作り出す人々は一握りだ。そこに何があるのか。金のあるなしだ。
 バルブシステムができ、その特許も取れたのちに、佃は金儲け主義に走らないという発言をする。それに対して部下は「会社の目的は利益を上げることだと思います。(中略)特許使用料で稼いだ方が儲けは大きいはずです」と苦言を呈する。「それで何が残る」「金が残ります」の掛け合いだ。社会に出る直前の私たちに突き付けられた問題。金か、夢か。
 何度でも繰り返し聞こう。佃は悩みの末に夢を取る。これが正しいと、私は言えない。しかし、金に夢が勝つ瞬間がこれほど痛快だとは思ってもみなかったのだ。
 何度でも問おう。金が欲しいか、夢をなしたいか。会社の買収、バルブの特許訴訟、佃が取締りを務める佃製作所は、大企業と幾度かに渡って対決を迫られることになる。本書のストーリーの中核は、大企業と中小企業の対立である。大企業が利益を上げるために仕掛ける罠を、中小企業が乗り越えていくという、勧善懲悪的なストーリーである。とても分かりやすく作られた構図だ。私は、むしろ、こういった体をなす話は嫌いであった。実際世間を席巻しているのは大企業様であるのは、シャッターの降りた商店街や、無音の響くトタン壁の工場を見れば一目瞭然であるから、リアリティに欠けると思っていたのだ。しかし、その認識は半分ほど誤りを含んでいた。舞台となった大田区のことである。
 大田区は、昭和の香りのこる町工場が散在する町である。工場と言えば、ラインに乗せた部品が、だんだんと組みあがって、完成まで行くものを思い浮かべがちだが、町工場は違う。専門にいくつかの部品を作るのだ。削りだし、研磨し、メッキをする。それだけなら大企業にでもいくらでもできる。しかし、長い間、削り、研磨、メッキを繰り返した熟練工というやつは、大企業の持つ機械以上の仕事を、意地か根気か、やってのけてしまうのだ。佃製作所にもいた、機械以上の精度で仕事のできる熟練工が、大田区にはとびぬけて多くいるという。手仕事で機械を圧倒する。これまた痛快で、にやりと笑みがこぼれる。財前も言っている。「佃の技術が本物で、かつ安価であれば、それを利用しない手はない」それならば需要がないはずがない。リアリティのない勧善懲悪が、下町っ子の小粋なしっぺ返しに思えてきたからもう駄目だ。佃製作所への愛おしさが増すばかりになるのだ。
 手仕事が、機械を圧倒する。オートクチュールしかり。自分の手で作ったものが他に負けないという自信は、最初に挙げた「これが俺の仕事よ」という誇りに繋がるのではないだろうか。私たちの目指させられるであろう未来は、正直に言ってしまえば、物事を右から左に動かす仕事がほとんどであろう。それが駄目だとは、やはり言えないが、これから社会に出てもみくちゃにされるであろう大学生の将来がなんであれ、誇りと責任を持つだけの仕事ができる自分を持つ、という頑固で厄介で愛くるしい執着を、この「下町ロケット」から感じ取っていただきたいわけである。

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