少女不十分

  • 『少女不十分』

  • 西尾維新
  • 講談社ノベルス
  • 882円(税込)
  • 2011年9月
  • 作家である僕が10年前を語る――『少女不十分』についてこれ以上語るのは野暮、というものでしょう。すでに野暮かもしれませんが。私がただひとつこの本にいえることは、ネタバレ厳禁!  この一語に尽きます。

<不十分>ということ

拓殖大学文学研究会

 読んだことのある人は分かるだろうが、西尾維新の著作の登場人物はそのほとんどがひねくれた性格、性質をしている。いや、全員と言ってもいいかもしれない。彼等彼女等は揃いも揃って天邪鬼で、変人で、異常だ。どこか考え方が他人と致命的にずれていたりするし、肉体が既に人間ではなかったりする。ただそれだけなら、そんなのはフィクション作品をチラ見しただけでお目に掛かれるありふれたキャラクターだ。
 西尾維新が上手いのは、そんな異形ともいえる姿をした人物たちを、これ以上ないくらい生き生きと描いているところだと僕は思う。好きでそうなったわけではなく、なるべくしてそうなったわけでも、罰としてそうなったわけでもない、『異端』達。外れていく生き方を強制された彼らは、それでもどうにかして、外された世界で、あるいは外れた形のまま、あるいは外れた自分から外れようともがきながら、懸命に生きているのだ。
 この「少女不十分」に出てくるのもそんな少女だ。絶対の存在にあらゆることを強要され、少女として<不十分>でなくてはならなかった少女。自分を自分でもどかしく思いながらも、自分として生きて行くしかない彼女の姿は、激しく浮世離れしていながらも、どこかデジャブを感じるほどに生々しい。
 この既視感に、僕は憶えがある。あの時だ。僕が自殺さえ決意しかけた、高校一年の春休み。当時、誰も彼もが『将来の夢』と『目標』の二文字を口にして、僕にそれを押しつけていた。勿論、それが大切なものだと理解はしていたが、心が納得し、それを見つけられるかどうかはまた別の問題だった。親や教師に「何かしたいものはあるか?」と訊かれ、何も、一言も口に出せなかったときのあの歯痒さ。自分のあまりの情けなさに僕は体調を崩し、どこか山奥の橋から谷底に身を投げる様さえ夢想した。結局その自己嫌悪は、その年の3月の終わりに事故に遭い、病院で目が覚めるまで続いた。いまの僕があるのは、僕自身の意気地のなさと運の悪さのおかげと言える。
 実を言うと、その自己嫌悪は消えたわけではない。弱くはなっているが、常に頭の片隅にはそいつが居座っていて、ときどき僕を苦しめる。そんな時、僕はあの少女を思い浮かべる。『少女』として<不十分>だった彼女は、懸命だった。その度にあの言葉が思い出される。
 Let it be.
 あるがままに。
 これこそ、西尾維新が十年をかけて伝えたかった言葉なのではないだろうか。

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