すべて真夜中の恋人たち

  • 『すべて真夜中の恋人たち』

  • 川上未映子
  • 講談社
  • 1,680円(税込)
  • 2011年10月
  • 会社をやめ、フリーランスの校閲者になった冬子は三束さんという男性に出会い、そしてそれをきっかけとして彼女の殻は少しずつ柔らかくなっていく。途方にくれるほど長い夜を、ゆっくりと歩いていく恋愛小説。

叶わない望みに意味はないのか

中央大学文学会

 質問したい。あなたは今、自分の居る場所に満足していますか?あなたが居るその場所は、あなた自身が望み、選んだものですか?自分が何を望んできて、今何を望んでいるのか、本当に分かっていますか?失敗するのが、傷つくのが怖くて、本当の望みを押し殺したことはありませんか?自分が今まで本当の意味で何かを選択できたことがあったのか、疑わしくなったことは?あなたは、自分自身がからっぽだと感じたことはありませんか?
 もしもあなたが、今の居場所を自分で望み、選び、そして、その結果に十分満足している、自分はからっぽな人間ではないと堂々と答えることができるのであれば、あなたはきっと、とても幸福な人間なのだろう。しかしもしもそうでないのであれば、あなたはこの物語の登場人物と、何かを共有できるかもしれない。

 主人公の冬子は、「何も選択してこなかった」結果、「からっぽ」な毎日を送っている。テレビも見ないし読書もしない、音楽にもファッションにも興味がない。仕事での人間関係を除けば、電話をかける友人もいなければ、今まで生きてきた34年間、恋人ができたこともない。仕事と食事を済ませたら眠るだけの生活。何を楽しみに生きているのかと聞かれても、答えが浮かんでこない。しいて挙げれば、一年にたった一度、誕生日に真夜中の町を一人で散歩すること。しかしこの楽しみを誰かに口にしたことはない、なぜなら理解してもらえないだろうから。
 この物語は、そんな冬子が34歳になって初めて人を好きになる話である。では、この小説は冬子の初恋を描いた恋愛小説なのだろうか?わたしは違うと思う。冬子はこの恋において生まれて初めて自分の望みを自覚し、それを求めた。この出来事は冬子にとって、初恋、というだけではない大きな意味を持つ出来事なのだ。

 しかしこの小説が、「自分の望みを叶えるために頑張ることはいいことだよね」といった単純なメッセージのみを含んだ作品であったなら、私はこうして推薦文を書いてはいない。私がこの小説を大学生に薦める理由、それは、「望みを叶えるまでには手を伸ばす必要があるが、手を伸ばしても望みが叶えられるとは限らない」という現実を、目を逸らさずにきっちりと描かれているからである。
 私たちは大学生活の中で、同じ問いを繰り返しぶつけられる。「あなたは今まで何をしてきましたか?」「そこで何を得てきましたか?」「あなたはこれから何がしたいですか?」これらの質問に答えるために、私たちは鏡を覗き込む。質問にきちんと答えられることを、自分が「からっぽ」ではないことを証明しようとする。私はいままで何をし、何を得て、そして何がしたいのだろう?私は今、手を伸ばして何かを求めるほどの望みを持っているのだろうか?そして、望みを持っていたとして、それは手を伸ばせば叶えられるものなのだろうか?叶えられないとしたら、その望みは無意味なものではないのか?

 この小説の中にはその問いに答えるための手がかりがあると、私は感じた。望んで手を伸ばして、届かなかったとき、つかみ損ねてしまったとき、手を開いて見ればそこには何か残っているものがあるはずだ。それは、昼間の明るい太陽のもとでは見ることができないほどかすかなもの、真夜中でしか見えない、光のようなもの。それをかき集めることが、生きていくということではないだろうか。
 自分自身に向き合うことへの、ささやかな勇気をくれる本である。ぜひ、多くの大学生に読んで欲しいと思う。

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