すべて真夜中の恋人たち

  • 『すべて真夜中の恋人たち』

  • 川上未映子
  • 講談社
  • 1,680円(税込)
  • 2011年10月
  • 会社をやめ、フリーランスの校閲者になった冬子は三束さんという男性に出会い、そしてそれをきっかけとして彼女の殻は少しずつ柔らかくなっていく。途方にくれるほど長い夜を、ゆっくりと歩いていく恋愛小説。

マニエリスムだよ、これは

早稲田大学現代文学会

 川上未映子をマニエリストと述べるのは、高山宏がそう言った以上はばかることはないのだが、あえて知らぬフリをして言うならば、ホッケに「おはよう」した以上、かのロマンチストに感化されていないわけもなく、『すべて真夜中の恋人たち』の散り散りになった「引用」というワードをマニエリスム的に解さなければならない、となるわけである。ロマンチスト、ロマンチックと言って純な、おぼこな観念しか思い浮かばぬ日本に於いてキャロルのロマンなROMANCEMENT(ROMAN CEMENT)の失望は思い浮かばぬかもしれない。
 要するに結合ということなのである。『わたくし率 イン 歯―、または世界』、『乳と卵』というエロでグロな小説を書いた未映子が、この結合から梅原北明的な意味を想定しないわけはあるまい。彼の昭和初年に作りだした「変態」的なムーヴメントは吉行エイスケの用いる百貨店の「百貨」な様、それぞれがバラバラにありながら奇妙な結合をしめしている様相に現われるように、色々なものの組み合わせを以て良しとするようなものであった。それが「変態」であるならば寸分違い無くセックスへと「繋がって」しまう。人間関係などというものは、まるで順列組合せの如くくっつき、はなれ、と単純に動きゆくものであった――ということを指しながら「汎性愛主義」と述べたのは、冒頭戻ってホッケであった。

 でもね、そんなのっていつか仕事で読んだり触れたりした文章の引用じゃないのかって思えるの。何かにたいして感情が動いたような気がしても、それってほんとうに自分が思っていることなのかどうかが、自分でもよくわからないのよ。

 豊饒に見える表現も、感情も、結局のところ先行する作品の引用されたものたちの結合された結果に過ぎない、さらに極論すれば、日本語であれば、「あ~ん」の五〇音から一語一語はなっているわけで、その五〇音を引用して作っているのが文章であると言えてしまう。それがどんなに長くなろうとも。ならば積極的にそれらをつなぎ合わせてしまおうという業がアルス・コンビナトリアという手法であり、その限られてしまっていることに気づいてしまったフローベールらを「ストイックな」と称えたのがヒュー・ケナーの言葉であった。

 「いいじゃないのべつに話してくれたって。上から下までわたしの服着ておしゃれして、わたしだって間接的にちょっとは貢献してると思うんだけど。それにあなただってこれまでわたしに恋愛の色々あれこれきいてきて、わたしちゃんと話してきたじゃない」

 恋愛であろうとも、「私とあなたの唯一無二の愛」などというのはなくて、借り物の服で借り物の化粧で、借り物のルートで進行していっているのではないか、というのが問いである。
 恐らくそうなのだろうけれども、その借り物を愛でる所に本願があり、何故なら、私たちの身体と言った所で、サヴァランを引くまでもなく食べてきた食べ物たちの引用ではないの、と言えてしまうわけである。いや、そういった部分を愛でようよ。ケナーの言う通りフローベールが「ストイックな」状況から豊饒な文学を作りだしたのだとしたら、恋愛に於いても、そんな感じで良いのではないか、と。そんな部分への執着を、『歯―』、だけではなく感じさせる未映子の言葉もある、などと言いながら、私も引用をしてみよう。

 隣の髪の毛をじっと見る。これもまた立派に熱気を孕む毛量。その中の特別な一本。ああ私は「毛」が好きだ。集合毛にぞっこんなのではなくてただ一本の孤独な「毛」に非常なものを、親密なものを、決してなくならないであろう情熱を感じる。髪の毛を、この何千本と絡まりそして規律正しく明日へ向かって生えているこの髪の毛群に指をいれて、特別な一本を指の先で毎日探す。何時間でも探す。そしてそれをハンズで購入した顕微鏡で見るあの至福。(それから私は巨大な髪の毛を想定する)

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