ふたりの距離の概算

  • 『ふたりの距離の概算』

  • 米澤穂信
  • 角川文庫
  • 580円(税込)
  • 2012年6月
  • 春。神山高校古典部にも一年生が入るが、ある日突然謎の状況と共に入部を取りやめてしまった。一体何が原因だったのか? 奉太郎は推理する。マラソン大会の20kmを走りながら。

遠かったり近かったり、傲慢だったり切実だったり

推薦文No.17-3
明治大学ミステリ研究会

【問題】両者の距離が近い順に並べよ。
 1.就職活動に勤しむ3年生とティッシュ配りのおじさん
 2.付き合って間もないバカップル
 3.猫とコタツ
 4.池袋と横浜

 という問題が出されたとしよう。
 ざっと見たところ、物理的距離に関する文もあれば、心理的距離に関する文もあって、バラバラな印象を受ける。しかし、あくまで私的な答えで構わないと聞き、独断と偏見で決めていこうと開き直る。
 まず圧倒的に〈2〉が一番前に来るに違いない。心理学専攻でなくても、パーソナルスペースくらいは聞いたことがある。このカップルは交際期間も短いようだから、物理的にも心理的にもまだ密接した距離だと言い切れる。くそ、羨ましい......もとい、次は何が来るか考えよう。〈3〉か〈4〉でしばし迷った結果、〈3〉で行くことにした。なにしろ猫はコタツで丸くなるのだから確実だ。そして、3番目に〈4〉を入れる。なぜなら、3月から最速38分で両者を行き来できると聞いたからだ。以前より約10分も距離を詰めた計算になる。それはすごいことだが、私は横浜に行く予定なんて全くないから問題ない。最後に行ったのは合同企業説明会くらいだ、というわけで最後に〈1〉を書く。両者は少なくとも38分以上の隔たりがあるだろう。

 つまり、答えの欄に〈2、3、4、1〉と書いて提出できるくらい、他人との距離というものは意外に測りやすいものなのだ。
 よほどの聖人君子でない限り、誰しも相手によって距離感を変えている。家族、クラスの友人、サークルの友人、ゼミの先生、バイト仲間――振り返ると、彼ら全員を同じ距離で接しているわけではないと気づくだろう。
 大学に入学してから、交友範囲が広がった人も多いことと思う。そして、その分だけ自分が接する相手の数も多くなってくる。そのなかには、付き合いやすい人もいれば、少し苦手意識を持ってしまう人もいて、交友関係も千差万別である。

 本書は、その距離感に関して提起してくれる一冊だ。古典部シリーズの第5作目である『ふたりの距離の概算』は、主人公である折木奉太郎がマラソン大会の最中に過去を振り返っていく展開になっている。新入生勧誘週間から今までの時間を遡り、その間に起きたふとした出来事を回想することで、そこから「なぜ、新入生が古典部を退部したのか」をすくいあげようと試みるのだ。
 その試みは、場合によっては、もしかすると傲慢なことかもしれない。奉太郎も相手の〈ものの考え方や感じ方に踏み入って分析する〉ことに対して、〈そんなに俺は偉いのかと疑問が湧いて〉きたりした。彼の場合、やむを得ない事情があったが、それでも他人の心に土足で入ったことは否めないと考える。
 それでも、相手を理解しようとする気持ちは大切で、そのためには距離を一気に詰めないといけない機会もあるに違いない。距離を縮めるためには、例えば言葉にして相手に伝えないといけない時もある。意思疎通がとれなければ、相手との距離を確かめることができないからだ。
 心の測り方というものは、なんて難しいのだろう。

 ところで、本書を読み進めるうちに、自分自身が「手を伸ばせる範囲」は、一体どこまでなのだろうかと気になってしまった。これもまた違う距離として考えてしまう。
 今までを振り返ると、どうやら私は〈手の届く範囲〉に無意識に固執してきたらしい。そこで安心しきっているだけの生活を送ってきたのかと思うと、我ながら閉塞的で温い。
 もちろん、〈手の届く範囲〉を蔑ろにしろと言っているわけではない。むしろ、そこを大切にしなくて、手を伸ばした先だけを考えることは本末転倒だと私は考えている。

 手を伸ばすのは勇気がいる。
 その先には何が待ち受けているのか、それは伸ばさないと分からないだろう。
 それでも、遠くのものとの距離を縮めていきたい。遠くを知っていきたい。
 もっと外を見て、成長していきたい。

 その思いがあれば、〈手はどこまでも伸びるはず〉だから。

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