南極点のピアピア動画

  • 『南極点のピアピア動画』

  • 野尻抱介
  • ハヤカワ文庫JA
  • 651円(税込)
  • 2012年2月
  • 月への彗星の衝突により形成された双極ジェット。それを利用して飛ぶ宇宙船が、ピアピア動画に集まったピアピア技術部の力により作られた。今、恋人を乗せて宇宙船は旅立つ。

最優秀推薦文

それ一つ一つは小さな点であっても

推薦文No.11-1
獨協大学文芸部

 未来予想というのは当人たちがどれだけ真剣でも、後世の人が振り返って見るとなんと荒唐無稽かと笑ってしまうものが多々ある。車は空を飛び、宇宙開拓がスタートし、ロボットは知性を持つ。二十一世紀に生きるぼくたちは「そんなにうまく行くわけないだろ」と呆れながらも、十年先百年先を想像せずにはいられない。それが薔薇色の未来でも世界の終わりでも、世界が途方もない規模で変わることだけは間違いがないからだ。
 「南極点のピアピア動画」は、ほんの少し先の未来、けれど限りなく今に近い世界を描いたSF作品だ。月にごく小さな彗星が衝突し、世界的な天文現象が発生して研究者は研究がご破算になるなど局所的に大打撃を与えてはいるものの、ほとんどの人間はこれといって差し障りもなく当たり前に日々を生きている。
 キーワードは「ピアピア動画」と「小隅レイ」。日本のネットカルチャーに少しでも触れている人がこの小説の題名と表紙を一目見れば、本作が動画共有サイト「ニコニコ動画」とボーカロイドソフト「初音ミク」をモチーフとしていると分かるはずだ。最近では初音ミクの音声や楽曲はテレビCMなんかにも使われていて、パソコンに疎いぼくたちのお母さんが「よく知らないけど聞いたことはある」と言ってもおかしくないくらい爆発的に広まった。
 作者自身ニコニコ動画では有名な投稿者「尻P」であり、「ピアピア動画」と「小隅レイ」の描写は真に迫っている。ぼくたちネット世代の大学生は親近感を覚えることだろう。かつて確かにあったふるきよき昭和への憧憬より近未来SFの方がリアルな肌触りがあるのがぼくたちだ。
 けれどニコニコユーザー「尻P」は正真正銘のSF作家「野尻抱介」でもある。本作は厳然とした宇宙SFであり、特に宇宙開発関連のテクニカルタームはこれでもかと展開される。SFにあまり触れない人だとこの辺りはしんどくなるかも知れないが、より身近なネット界隈の描写を織り交ぜることで、それがSF初心者への一種の緩衝材として機能しているのがまたにくい。
 本作は連作短編形式であり、「ピアピア動画」という環境と「小隅レイ」というツール、彗星の衝突後という状況を基軸に登場人物たちが思い思いの夢想を実現に移していく。その場のノリが、あれよあれよという間に形になっていくのは、お祭り騒ぎを見るように楽しい。この文化祭めいたユーザー生成コンテンツの思想は、決して排他的なものではない。
 作中の彼らは幸運だったし、確固たる技術とユニークなアイデアを持っていたからこそ実現に移せた。けれど場所と道具は誰にでも公平に与えられているのだ。
 本書が「ニコニコ動画」賛歌ではないのもまた良い。本書の解説はニコニコ動画の『えらい人』川上量生氏が担当しており、「ピアピア動画」にこめられた「ニコニコ動画」への不満と皮肉を見逃すことなく拾い上げ、運営側の一人として真っ向から反論するという、小説とその解説としてはいささか奇妙な構図が展開されている。だが両者が放つ批判精神は進歩の原動力だ。大いに楽しむことと大いに批判することは両立する。よりよいものを作る、それが本書の原動力と言えるのだ。その意味で「南極点のピアピア動画」は一つの完成されたエンターテイメントであるけれど、同時に青写真であり里程標であり現状報告である。
 動画サイトから、コンビニから、飲み屋の席からはじまったアイデア。それらはフィクションではあっても、ある種の説得力を持ったフィクションだ。今こうしている間にも夢物語が実現に向かっているかのような感覚。若いぼくたちはきっと騙されてみるのがいいのだ。お祭りを遠巻きに眺めるのは踊り疲れてからでも遅くはない。

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