ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1

  • 『ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1』

  • B.ボンド,P.N.モーゼズ
  • エンターブレイン
  • 1,260円(税込)
  • 2012年9月
  • ニンジャを殺すニンジャ、ニンジャスレイヤーは、今日もネオサイタマの宵闇に復讐を行う。英米発、Twitter経由で語られる、全く新しいサイバーパンクニンジャ活劇。

和洋混沌のニンジャ世界

推薦文No.12-1
甲南大学文化会文学研究会

 「ニンジャが出て殺す」 
 これは巻末の続刊紹介に記された一文である。キャッチコピーとしては随分と物騒だが、この作品を最も簡潔に表しているフレーズだ。
 ニンジャは無慈悲な殺人者だ。恐るべきカラテやジツを使い己の欲を満たしたり、与えられた命令を遂行する。その過程で一般市民が死んでも意に介さないし、むしろ己の快楽のために嬉々として殺す者さえいる。
 そんなニンジャ同士の戦いに常人が巻き込まれたならば生き残るすべはない。それこそ、同じニンジャにでもならなければ。
 ネオサイタマの一般的なサラリマン、フジキド・ケンジは暗黒メガコーポ間のニンジャ抗争に巻き込まれ、妻と子を失い、自身も死の淵に追いやられた。しかし彼は死の瀬戸際でナラク・ニンジャのニンジャソウルを宿し、ニンジャを殺すニンジャ『ニンジャスレイヤー』となって蘇ったのである。
 フジキドの原動力は復讐だ。己の家族を奪ったニンジャへの復讐。悪しきニンジャの抹殺。ニンジャ殺しは彼に宿ったナラク・ニンジャの求めるものでもある。
 だがナラク・ニンジャも悪しきニンジャ存在、それも極めつけの悪だ。フジキドが殺意と憎悪に飲まれれば、その心身はナラクに乗っ取られ、ニンジャを殺すためなら手段も犠牲も選ばないただの殺戮者へと変貌する。それでは忌むべきニンジャと同じである。
 悪しき力に飲み込まれず、フジキドは復讐を成し遂げることが出来るのか。ニンジャ達との戦いの先、復讐の果てには何が待っているのか。
 「走れ、ニンジャスレイヤー、走れ!」

 さて真面目な紹介だけでなく、ネタ要素とも言える作中の奇っ怪な単語・日本観についても触れておくべきだろう。
 今この文章を読んでいる読者諸君はすでにお気づきであろうが、この推薦文の前半にはそれとなく作中の用語を使用している。
 カラテ、ジツ、ニンジャ、サラリマン......それぞれ空手・術・忍者・サラリーマンである。その他にもバイオスモトリやクローンヤクザなどがいる。
 ニンジャは見た目からして全然忍んでいないし、戦闘はジツよりもカラテがメインの肉弾戦である。しかも戦闘の前にはお互いアイサツを行い、それをしないのはシツレイにあたるという掟が古事記に記されていると言う。
 もはや日本人の知る『忍者』とは別物だ。端的に言えば侍と忍者とカンフー映画とアメコミがごっちゃになった感じである。
 肝心のニンジャがこうなのだから他もどこかおかしい。野生化したバイオスモトリは廃墟内を徘徊し、カチグミ・サラリマンの娯楽であるハンティングゲームの獲物にされている。
 サラリマンもサラリマンで出世のためには競争相手とのユウジョウを保たねばならず、ユウジョウ無くせばムラハチという社会的制裁を受ける。センター試験に失敗したり出世コースから外れたサラリマンはマケグミとされ、過酷な労働に身をやつしている。
 日本人が読めば「何かが違う!」「こんなにひどくはない!」と叫ばずにはいられないであろう。だがどこか図星を言い当てられていると思わないだろうか。もちろんニンジャなど完璧なフィクションだが、サラリマンについては確かにと頷ける部分もあるはずだ。
 作者がアメリカ人であるからこその絶妙に何か間違っている日本文化。ニンジャスレイヤーを読む楽しみの一つである。

 そして最後にどうしても言わなければならない事がある。このニンジャスレイヤー1巻には女子高生ニンジャが出てくる!
 詳しいことは読んで確かめていただきたい。実際カワイイだ。

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