ひらいて

  • 『ひらいて』

  • 綿矢りさ
  • 新潮社
  • 1,260円(税込)
  • 2012年7月
  • 不器用で荒々しい、自分のことを考え、ただやみくもにまわりをなぎ払い、駆けていく初恋。女子高生・愛が恋した男子には恋人がいた。傷ついても、心を開いて生きていく物語。

読者にひらかれた小説として

推薦文No.15-1
関西学院大学文芸部

 実際のところ、綿矢りさに嫉妬している人間は少なくないことだろう。彼女のように十代のうちにデビューして芥川賞まで取ってしまったら、世にはびこる作家志望の少年少女たちはみな、羨望のまなざしというよりも、悔しさで涙が滲んだ目を彼女に向けてしまうものなのかもしれない。かくいうぼくもそのうちのひとりだが、綿矢りさの才能には舌を巻くほかない。今作の『ひらいて』で、彼女が青春のもどかしさを描くことにおいてやはりプロであることが確実に証明されたのだから。
 あらすじで字数を稼ぐのはやめにしよう。『ひらいて』だって男の瞳の無駄のない描写から始まっているじゃないか。大学受験に追われつつも高校生という立場にしがみつきたい、18才という年頃だからこそ、そのありあまる欲望を冒頭から噴出させている。醜さと美しさのあいだをなぞるような、異性に対するぎらついた視線だ。それは日本文学に限らず、およそティーンエイジャーを描く表現において、本来なら思春期における男子のものであるはずだった。それを女性作家が女性のものとして取り戻したことに、まずひとつの新しさがあると言ってよい。さらに『ひらいて』は女子の視点で描かれた作品だが、主要な登場人物のひとりは男子であり、主人公の性的な倒錯もあり、男女というものの境目がごく自然に崩されていく。それが物語の中で読者にストレスを感じさせないように提示されているところに、綿矢りさの上手さがある。
 ぼくがなぜこの作品を推薦するかと言ったら、耽美的な要素とホラーチックな要素が混ざり合っていながら青春小説として読めるというふうに、純文学であり、かつ完成度の高いエンタメとしても成り立っているからだ。もうそこらにあふれた青春小説もどきなんて焼きはらってしまえばいい。『ひらいて』はありとあらゆるジャンルを網羅している小説だ。
 ぼくらはもう高校時代に戻れない。二度と取り戻せないものがたくさんあるし、それを嘆いてみたって何にもならない。そんなどうしようもなさに見切りをつける過程が、『ひらいて』では読者にやさしく「ひらかれて」いる。何かを失うことは希望のはじまりでもある......そんなきざな言葉をぼくらは信じることができるだろうか。『ひらいて』は綿矢りさの新境地への挑戦でもあり、ぼくらに対する挑戦でもあるのだ。

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