ひらいて

  • 『ひらいて』

  • 綿矢りさ
  • 新潮社
  • 1,260円(税込)
  • 2012年7月
  • 不器用で荒々しい、自分のことを考え、ただやみくもにまわりをなぎ払い、駆けていく初恋。女子高生・愛が恋した男子には恋人がいた。傷ついても、心を開いて生きていく物語。

書き出しとの出会い

推薦文No.15-5
獨協大学文芸部

 現に私がこの推薦文をどう書き出したらかよいのか、腕を組んでしばしディスプレイとにらめっこしているように、書き出しは書き手にとって悩ましいものだ。それは難しく、かつ重要だ。名著として知られている作品の書き出しは総じて名文であると言っても過言ではないかもしれない。
 芥川賞は直木賞とともに日本文学において最も威厳があり歴史ある賞として広く知れ渡っている。最近だと受賞会見で「都知事閣下と都民各位のためにもらっといてやる」と発言した田中慎弥さんや受賞の時にそろそろ風俗に行こうと考えていたことを明かした西村賢太さんがワイドショーを賑わしたのは記憶に新しい。
 この『ひらいて』の著者である綿矢りささんも、2004年に金原ひとみさんとの最年少受賞、ダブル受賞で話題を呼び、連日大きく取り上げられました。
 当時、十一歳だった私も一生懸命背伸びして姉に借りた『蹴りたい背中』を読んだ。『蹴りたい背中』はこう書き出される。

 「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。」

 なんだか明らかに今まで出会ったことのない異質なものだった。異質なものなのにすっと身体に入ってくる感じ。夢中で、無我夢中で読むというより、気がついてみれば読み進めている感じ。
 まだまだ幼かった私がそこまでちゃんと考えていたのか分からないけど、綿矢りさはその瞬間から私にとって特別な作家となり、『蹴りたい背中』は特別な小説となった。それから若干遅い刊行ペースが待ち遠しくなるようになって、新刊が出るたびに本屋さんで胸を踊らせた。
 そして『ひらいて』である。
 はっきり言ってこの推薦文は「この小説が如何に素晴らしく、何故大学生に読んでほしいのか」をまったく説明しきれてないかもしれない。しかし「今まで読んだことがなかった本に出会うためのきっかけを作る」ということを冒頭を引用するという少しズルい形で成し遂げたい。私の稚拙なご高説はいらないのだ。この小説と貴方の純粋な出会いにしたい。それだけこの書き出しは人を惹きつける何かを持っていると思うし、あとは物語が自然に動き出すだろう。

「彼の瞳。凝縮された悲しみが、目の奥で結晶化されて、微笑むときでさえ宿っている。本人は気づいていない。光の散る笑み、静かに降る雨、庇の薄暗い影。存在するだけで私の胸を苦しくさせる人間が、この教室にいる。さりげないしぐさで、まなざしだけで、彼は私を完全に支配する。」

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