伏 贋作・里見八犬伝

  • 『伏 贋作・里見八犬伝』

  • 桜庭一樹
  • 文春文庫
  • 700円(税込)
  • 2012年9月
  • 江戸では犬の血が流れる異形の者、“伏”による凶悪事件が頻発。伏狩りにやってきた猟師の少女・浜路に語られたのは「贋作・里見八犬伝」。それこそが真実の物語だった!

江戸を駆け抜ける冒険へ

推薦文No.16-1
国際基督教大学ICUペン(先)クラブ

 曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』といえば、文学史の授業でも出てくるような、江戸時代の大ヒット小説である。その里見八犬伝には隠された裏があった――そんな設定で繰り広げられるのが、桜庭一樹の『伏 贋作・里見八犬伝』である。
 この小説は入れ子状の構成となっている。田舎町から江戸に出てきた主人公の少女・浜路が「伏」と呼ばれる犬人間を狩る、というのが本筋の物語。その中に、「贋作・里見八犬伝」や信乃という伏の語りが挟まれる。別の物語が挟み込まれるとはいえ、両方とも浜路に向かって語りかけられるという構図になっているため、話が分断されることはない。入れ子構造にもかかわらず全体の流れが明快で連続的なのは、さすが直木賞作家と言うほかない。
 ポイントはなんといっても、挟み込まれるふたつの物語である。まず、タイトルにもなっている「贋作・里見八犬伝」だ。曲亭馬琴の息子・滝沢冥土が、父と取材に出かけた際に聞いた話をまとめ、「里見八犬伝」では語られない真実を明らかにするというものである。信乃の語りは、犬の血が混じった信乃ら8人の伏が、生まれ故郷である安房の国へ旅をするというもので、「贋作・里見八犬伝」で提示された"因"に対する"果"として描かれている。どちらも原作『南総里見八犬伝』をベースとしながらも異なった展開を見せるため、続きが気になって仕方がない。このふたつの物語が本筋である浜路の物語にどう絡んでくるかも気になり、450ページを超えるこの本を一気に読み終えてしまったものだ。
 このおもしろさは、ミステリーのようなおもしろさだ。すなわち、『南総里見八犬伝』とここで描かれる物語との違いが徐々に明らかになっていくのだ。一方で、狩る者=浜路と、狩られる者=信乃の関係にも目が離せない。相反するふたりがひかれあう、という展開は王道中の王道だが、この本ではむしろ深く描かれない。それでも、わずかに恋心の芽生えを匂わすような言葉があるのだから、読者としては気になって仕方がない。このように、様々な楽しみ方をすることができるのも、この物語の魅力のひとつだろう。
 ひとたび読み始めれば、縦横無尽に江戸を駆け抜け安房の国を走り回るこの物語に、どっぷりと引きこまれてしまう。そして、個性的なキャラクターに、あるいは里見八犬伝の真実に、すっかり魅了されてしまう。この本があれば、タイムマシンがなくても江戸の町へ飛んでいくことができるのだ。ちょっとした冒険にはちょうどいいかもしれない。

推薦文一覧へ戻る

最終候補作品

候補作品