マツリカ・マジョルカ

  • 『マツリカ・マジョルカ』

  • 相沢沙呼
  • 角川書店
  • 1,575円(税込)
  • 2012年2月
  • 柴山祐希、高校1年生。冴えない学園生活を送っていたが、廃墟に住む妖艶な美少女マツリカと出会う。彼女に翻弄されつつ、学園の謎を調査することに――。

「本当」は分かってしまえば

推薦文No.18-3
獨協大学文芸部

 廃墟の奥に住まう黒髪の魔女なんて、いかにもおとぎ話めいている。
 この作品は「日常の謎」ミステリであり、ボーイミーツガールからはじまる青春小説でもある。臆病で周囲から浮き気味な男子高校生の柴山祐希は、廃ビルから身を乗り出していた女の子を見つける。見て見ぬふりをして逃げる勇気のなかった柴山が声をかけると、マツリカを名乗る彼女は「原始人を捜している」と言い放ち、冷ややかに笑う。黒髪の魔女に魅入られた彼は、原始人や幽霊、ゴキブリ男に不思議の国のアリスと、半ば呆れながらも他愛のない噂話や怪談を追わされることになる。
 現代日本に幽霊なんているわけがない。当たり前のことだ。けれど火のないところに煙は立たぬ。一見荒唐無稽でどこか白々しさのある謎の影に隠された人間の行動や意思を、安楽椅子探偵然としてマツリカは暴き出す。それがたとえ目を逸らしたくなるような暗い真実であったとしても。そして魔女の推理もまた不可思議の魔法ではなく、傍観者としての怜悧な観察と洞察の産物に過ぎない。幻想の世界にふけってなどいない。彼女はしっかりと現実を、人間を見据えていた。彼女のその眼差しは柴山にも向けられている。この作品の根底には謎に取り組むことへの真摯さが流れているのだ。
 柴山もまた、従者として魔女の横暴に振り回されるが、しかし目を逸らして逃げ出すことはしない。倒錯的な幸福に麻痺してしまったからだけでも、男のリビドーを刺激する無防備さにあてられているからでもない。柴山はマツリカに恋しながら、彼女の危うさをいつだって心配していた。超然とした少女の誠実さと臆病者の勇気は、読者に奇妙な安心を感じさせる。
 マツリカが見つめ、柴山が望んだからこそ、生きづらさを感じていた彼の呪縛をマツリカは言い当てることができた。逃げることもできたし、逃げることを誰もとがめはしなかったろう。それでも逃げなかった柴山をマツリカは受け止め、呪縛の真相が分かるまで一緒にいてあげると約束する。見つかりようのない答えを探す優しさは、母性的ですらある。
 そうして柴山は生きづらいと思っていた世界が案外悪くないものだと気付く。なにより、彼の見る世界の中心にはマツリカが気怠そうに佇んでいる。それが幸福でなくてなんであろう。彼は報われていいのだと素直にそう思える。
 マツリカは、学校のすぐ隣に建ち、けれど普段は見向きもされない廃屋から世界を眺め続ける。廃ビルの窓から世界を眺める生活を続ける様子、まるで王城で退屈を紛らわす女王のようだ。けれどマツリカが厭世的で人間嫌いな人間であれば、そんなことをするだろうか?
 その答えを柴山は知らない。周りに馴染めない彼に問いかけた「お前はどうして輪の外にいるの?」との問いは、読者がマツリカへ訊ねたいことでもある。彼女を包む謎のベールがこの作品内で明かされることはない。だがその謎もまた、現実に根差した人間としての悲しみに違いない。中世の魔女の正体も、悪魔と契約した災厄の存在などではなく、優れた知識と技術を持ち異端とみなされた、ただの人間だったのだから。
 マツリカの謎もいずれ明かされる時がくるかもしれない。それがどんなものであろうと、逃げ出すことをやめた柴山にはきっと受け止めることができるはずだ。読者にそう信じさせる力はひとえに作者のこめた真摯さゆえだろう。

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