和菓子のアン

  • 『和菓子のアン』

  • 坂木司
  • 光文社文庫
  • 700円(税込)
  • 2012年10月
  • 和菓子と人、どちらにもそれぞれの物語がある。行き会う人々と小さな謎に触れながら、アルバイト店員の杏子は成長していく。デパ地下の和菓子売場を舞台にしたミステリー。

デパ地下を舞台にしたキュンキュンミステリー

推薦文No.20-1
放送大学ひとり文芸部

 2011年の「心に残った本」ランキングで第1位に輝いた「和菓子のアン」(坂木司・光文社文庫)を紹介する。
 この作品は、デパ地下の和菓子屋「みつ屋」を舞台に、ぽっちゃり女子の販売員である主人公が、謎めいたお客さんたちの言動に秘められた、意外な真相を紐解く和菓子を題材にしたミステリーだ。
 アンは、高校卒業の少し前、テレビの街頭インタビューで将来の夢を聞かれ、「自分のお金でお腹いっぱいお菓子を食べることです!」と回答してしまう、少しぽっちゃりの、それでいて明るくキュートな主人公である。物語は、やりたいことが見つけられないアンが、ひょんなことで見つけた、デパ地下の和菓子屋さんでアルバイトするところから始まる。
 和菓子の新米販売員として勤務していた主人公のアンは、あんころ餅を買ったヤクザ風の客からじろっと睨まれ、「半殺しになっているといいな」と脅された。その客からは前日に「腹切り」なんて言葉を浴びせられていたこともあり、そんな世界の人と接したことが無く、この物騒な言葉におびえたアンは、警察へ相談しようかと店長の椿と同僚の立花に相談した。
 しかし、あんころ餅はもち米を半分つくことから業界では「半殺し」と呼ぶことがあり、また「腹切り」は煮た大豆が割れることを指すことから、そのヤクザ風の客は、和菓子屋の同僚の立花がかつて修行していた店の師匠だとわかる。
 そこで立花は師匠が再び来店したときのために、わずか1日で和菓子の専門用語をアンに叩き込み、翌日来店した師匠に知識を披露して溜飲を下げた。師匠はかつての弟子である立花が働いている店を偵察に来ており、みつ屋がなかなかの店だと認識した。
 しかし、師匠も負けてはいない。デパートの広報部の女性を巻き込んで、あんころ餅には7つの別名があり、春なら牡丹から「ぼた餅」、秋なら萩から「おはぎ」と呼び、もち米をつかずに作るから「月知らず」、月が見えない方角から「北窓」、つくはつくでも到着のことを当てはめて「着き知らず」、いつ着いたかわからないから「夜舟」と呼び、そしてついている音がせず隣にもばれないから「隣知らず」と呼ぶなど、トリビアを披露してみつ屋や広報部の面々を驚かせた。
 本書にはこの「萩と牡丹」の他、4話がオムニバスで収録されており、「辻占の行方」ではフォーチュンクッキーに似た「辻占」という和菓子の絵の模様の謎を解明するなど、あまり和菓子を食べない私としてはとても新鮮であった。どの話も読み終えたあと、気持ちがほがらかになり、思わずお茶をすすりながら本書の和菓子に手を伸ばしたくなるものばかりだ。
 個性あふれる登場人物も魅力のひとつだ。クールで知的だが、仕事の合間に株の売買に熱中する女店長の椿、男子なのに女子力全開のイケメン販売員の立花など、一度読むと記憶に残る強烈なキャラクターが多く登場する。
 特別な資格も経験もないぽっちゃり女子のアンが、和菓子に秘めた真相を紐解き、成長していく姿は、同世代の私としても応援したくなるものばかりで、胸がキュンキュンしてしまう。読み終えたあと、ハッピーな気持ちになること間違いなしの、甘くておいしい作品だ。
 最後に、前述した和菓子職人の師匠が述べた言葉を紹介する。
 「和菓子の知識も大事だけど、客に訴えかけるのは『これがどううまいか』を訴える接客だ」
 この言葉を受けて、書評も同じだと思った。私のような知識も人生経験も乏しい普通の大学生が、プロの作品を上から目線で、知ったかぶりで論評するのはおこがましいのだ。
 美味しい和菓子を「こううまい」と言えるように、優れた作品を「こうおもしろい」と言えることが、大学読書人大賞にふさわしいと思い、以上の通り評した。

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