和菓子のアン

  • 『和菓子のアン』

  • 坂木司
  • 光文社文庫
  • 700円(税込)
  • 2012年10月
  • 和菓子と人、どちらにもそれぞれの物語がある。行き会う人々と小さな謎に触れながら、アルバイト店員の杏子は成長していく。デパ地下の和菓子売場を舞台にしたミステリー。

和菓子は誰かの幸福

推薦文No.20-2
東京学芸大学生協読書マラソン委員会

 大学進学も就職もぴんとこずに高校を卒業してしまった、アンちゃんこと杏子(きょうこ)。和洋問わずお菓子を食べるのが大好きな、ちょっとふっくらした女の子。彼女が、デパ地下の和菓子店「みつ屋」のアルバイトになり好きなものを仕事にして、和菓子とデパ地下で働く人が関わる謎めいた出来事にふれながら、和菓子の深い世界を知っていく。その姿がほほえましく、うらやましい。働くのは大変なことだと思うが、それでも楽しそうなのだ。

 その理由の1つは、一癖も二癖もあるのに素敵だと感じてしまう上司と同僚の存在だ。株に目がないが謎解きに力を発揮する女性の椿店長、爽やかなのにかわいいものが大好きな男性立花さん、元ヤンの女子大生桜井さん。それぞれの癖に「しかたないなあ」と苦笑しつつも読み進めてしまうのは、彼らが一緒に働くアンちゃんを受け入れているからだ。読者側から彼らへの信頼感が生まれる。同じフロアで働く人々も登場し、デパ地下での仕事の様子をのぞくことができる。

 2つ目の理由は、お店に来るお客さんとのやり取りによる。優しげな初老の女性は、黄色と白か緑と白の組み合わせの服装ばかりしている。それは、亡くなった人を偲ぶためだった。強面の男性には、「腹切り」「半殺し」などの物騒な言葉をふっかけられる。実はその人は立花さんの師匠で、和菓子の隠語を言っていたと判明するのだが。リベンジをしようと和菓子について立花さんに教わるアンちゃんが頼もしい。和菓子と人にまつわる謎が、時にコミカルに時に切なさを伴って解かれていく。

 そして季節や自然を表した上生菓子という和菓子も魅力的だ。『紫陽花』や『早梅(はやうめ)』といった花をかたどったもの、『兜』や『星合(ほしあい)』のように季節の行事にちなんだもの......。色とりどりの和菓子が目に浮かぶ。名前の由来や茶席で出された時の逸話も興味深い。和菓子には物語がある。それに加え、椿店長の言葉を借りると、
「この国の気候や湿度に合わせ、この国で採れるものを使い、この国の人びとの冠婚葬祭を彩る。それが和菓子の役目」
なのだ。

 主人公のアンちゃんに親近感を覚えずにはいられない。つっこみを入れたり喜んだりしみじみとしたり、アンちゃんといると楽しいのだ。中にくじが入っている辻占(つじうら)という和菓子で、「あなたは誰かの幸福」というくじを引いたアンちゃん。その通りだと思う。
 加えて、和菓子とミステリーの取り合わせがこんなにおいしいものだとは。この本を読むと、和菓子屋に行って和菓子を見て、和菓子を食べたくなる。名前の由来や逸話を知りたくなる。和菓子が自分のすぐ側にあると気付く。和菓子は生活に根付いたものだったのだ。
 精巧で美しい上生菓子も、手軽なおまんじゅうや大福も、それぞれがいいのだと思える。人間もきっと同じ。

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