珈琲店タレーランの事件簿

  • 『珈琲店タレーランの事件簿』

  • 岡崎琢磨
  • 宝島社文庫
  • 680円(税込)
  • 2012年8月
  • 京都の小路の一角に、ひっそりと店を構える珈琲店「タレーラン」。バリスタ・切間美星が来店客にまつわる様々な謎を解き明かす、日常のささやかなミステリー。

コクと香り漂う一冊

推薦文No.3-1
関西学院大学文芸部

 「ビブリア古書堂の事件手帖の二番煎じかな?」この『珈琲店タレーランの事件簿』を最初に書店で手に取ったとき、私はそんな失礼なことを考えていた。
 まず、タイトルと美麗な表紙絵から『ビブリア古書堂の事件手帖』に類似の雰囲気を感じた。また語り手の若い男が偶然見つけた店で働く聡明な女性に惹かれ、彼女が謎を解いていくのに付き合うという筋書きも似ている。私はあまり期待しないつもりでこの本を読み進めた。
 見事に裏切られた。
 私のあさはかな予想など愚にもつかない。この作品は見事なまでに私を虜にしてくれた。語り手の「僕」の言葉を借りれば、まさに満足いくものに「出会った!」のである。
 舞台となるのは京都の目立たぬところにひっそりと店を構える珈琲店タレーラン、探偵役のヒロインはそのバリスタ、切間美星だ。語り手の「僕」は偶然立ち寄ったタレーランで飲んだ珈琲の味に、「出会った!」と叫ぶ。「僕」はフランス革命期の伯爵シャルル=モーリス・ド・タレーランの残した珈琲についての至言を知って以来、その味を再現したいと願い、しかし果たせずにいた。美星の淹れた一杯はまさに彼の理想通りであり、彼はその味に惹かれてタレーランに通うことになる。
 珈琲がテーマなだけに珈琲に関係する専門用語が多々登場するが、珈琲の知識などほとんど知らない私でも引っかかることなく読めるような配慮がされていた。登場人物の珈琲豆の銘柄を連想させるような名前や「僕」の独特の語り口、京都の街の描写等も楽しむことが出来る。
 ストーリーとなると、一層格別だ。「僕」が遭遇した謎をバリスタ・美星が珈琲豆をハンドミルで挽きながら解く。豆が細かい粒になると「その謎、大変良く挽けました」と告げ――本作における「Q・E・D」の宣言である――珈琲の良い香りと共に真相が語られる。本作は「人の死なないミステリー」に属するので密室殺人のような事件は起きないが、うっかりしていると見逃してしまう文章中にさりげなく織り込まれた手がかりや、それを淡々と解き明かしていく美星に惹きこまれる。巧みに読者を騙す作者の手腕にも感服する。また京都という土地の空気感が作品に一層の魅力を与えている。
 喫茶店で珈琲を飲みながら読みたい一作だ。多くの人にお勧めしたいと思う。

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