さよならクリストファー・ロビン

  • 『さよならクリストファー・ロビン』

  • 高橋源一郎
  • 新潮社
  • 1,470円(税込)
  • 2012年4月
  • 生きることの虚しさ、突然の死の訪れ、落としてきた記憶……東日本大震災をまたいで、6つの小説の主人公たちとともに、これらの話たちはそれぞれの世界で動き始める。

最優秀推薦文

あの日見た話の名前を僕達はまだ知らない

推薦文No.4-1
関西大学現代文学研究部

 この本の帯にはこう書いてある。
 「お話の主人公たちとともに『虚無』と戦う物語」だと。
 これはどういうことなんだろう? とまず思う。そして読んですぐにこの謳い文句はその通りだとわかる。この本の題名の通り、クリストファー・ロビンが出てくる。イーヨーが出てくる。プーさんも出てくる。そして虚無と戦う。そして負ける。この本の登場人物、つまり「お話の主人公」は、虚無だとか死だとか、とにかく虚しいものに立ち向かって負ける。虚しさを宣告されて負ける。少なくとも勝ちはしない。
 いや、「お話の主人公」が負けるだけならまだいい。だがこれは「お話の主人公と『ともに』」戦う話である。お話の主人公とともにいるのは誰か? 私たちである。お話の主人公とともにいるのは私たち以外ありえない。

 お話たちが次々と限界を宣告されて、私たちはどうすればいいのだろう? そもそも私たちはお話たちとどのように付き合ってきたのだろう? そうこの本は問いかける。
 本を読む。テレビを見る。おしゃべりをする。ニュースを知る。楽しいものから深刻なものまで、様々なお話の主人公たちが活躍しただろう。そして? そしてどうなったのだろうか。読んだ本は忘れるし、おしゃべりした相手もあやふやになる。かつてどこかで見て夢中になったプーさんは今、私の心の中のどこにいるのだろう。あのトトロは。あの「主人公」は。すべては刹那的な享楽にすぎないお話たち。捨てられてしまったお話は、どこへ行ったのだろう? おしゃべりが終わった後でも、お話のなかの「主人公」たちは生き続けるのに。

 あるいは、という反論もあるかもしれない。あるいは。お話とは語りだ。私の語り、あの人の語り、忘れ去られるのかもしれない語りはしかし、一時とはいえ誰かを楽しませたり、安心させたりもするのだということもこの小説は描く。それだけでもお話には意味があるのではないだろうか。この本を読んでいると、お話たちに私たちはどう向き合っていくべきか、そんな距離感が見つめなおされてくる。
 この小説は、お話の主人公たちとともに、私たちも「虚無」と戦う物語である。そこに決定的な勝ち負けはない。たとえ忘れ去られようが、せめてお話たちが心のどこかに残るように。残すように。そうだったらいいなと、不断に戦い続けるのだ。お話がこの世からなくならない限り、私たちも戦い続ける。

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