屍者の帝国

  • 『屍者の帝国』

  • 伊藤計劃,円城塔
  • 河出書房新社
  • 1,890円(税込)
  • 2012年8月
  • 日本SF大賞作家・伊藤計劃著の未完の絶筆を、芥川賞作家・円城塔が引き継いで完成した本作。秘密諜報員ワトソンの「屍者」をめぐる冒険がいま幕を上げる……。

最優秀推薦文

円城氏、伊藤氏と旅をする

推薦文No.5-1
大東文化大学國文學研究会

 その知らせを聞いたとき、わたしは感動を禁じえなかった。
 "円城塔が伊藤計劃の未完の遺作を引き継ぎ、完成させる"たしか最初に知ったのは、ネットニュースだったと思う。
 舞台は一九世紀末。死体の脳に失われた『霊素』すなわち魂の代わりに、『疑似霊素』と呼ばれるプログラムをインストールすることにより、『屍者』として使役することがあたり前となった世界。軍事諜報員となった若きジョン・ワトソンは、そんな屍者を引き連れてアフガンの奥地に『屍者の帝国』を築く男、アレクセイ・カラマーゾフのもとへと向かう。従来の屍者を凌駕する動きを持つ『新型の屍者』の謎。そしてカラマーゾフの真意。ボンベイで出会ったリットンが、ワトソンに告げる「君は自分で、誰が本当の敵なのかを見定める必要がある」と。
 本作は伊藤の遺稿をプロローグとし、彼の遺したプロットを基に、実に三年の歳月をかけて円城が書き継いだ作品である。
 ワトソン、カラマーゾフ、リットン......。なるほど、どれもこれも、どこかで聞いたことのある名前である。史実と、空想の物語。すべてが融合して、この作品は紡がれていく。
 クリミア戦争で屍者を目撃したナイチンゲールは、その発展・未来を憂う。
 ヴァン・ヘルシング教授は自身の研究を隠れ蓑に、諜報活動を行う。
 実在・架空を問わずこの物語に組み込まれた彼らが、屍者の"活きる"十九世紀を華々しく彩るのも、この作品の魅力だ。なんと屍者技術の伝播した日本も本作では描かれている。
 本作は歴史改編SFだ。そして、手に汗握る冒険小説である。わたしは本作を読み終えたとき、子どもの頃に『シャーロック・ホームズ』や『海底二万里』、『吸血鬼ドラキュラ』を読み終えたときと同じ読後感を覚えた。想像力を刺激し、まるでそれが空想ではなく、実在する事実のように思える感覚。そんな感覚をわたしは味わったのだ。
 わたしはこの物語を、円城と伊藤の旅の記録のように思う。本作でワトソンは相棒バーナビ―、屍者フライデーを引き連れて世界中を周ることとなる。この物語を紐解いているとき、わたしは幾度となく今は亡き伊藤の息吹を感じずにはいられなかった。それはわたしがいち伊藤計劃ファンであるゆえの錯覚かもしれない。伊藤が遺した地図を基に、円城が伊藤の魂を連れ立って旅をする。その記録こそが、本作であると、わたしは思わずにはいられないのだ。
 はじめわたしは、本書に伊藤の復活を期待していた。優しくて、それでいてどこか悲しい。まるで真摯な祈りのような物語が、この中にはある、と。
 だが、本書にそんな物語はなかった。そこにあったのは、紛れもない円城の紡ぐ物語だった。しかし、本書の随所に散りばめられた伊藤の要素。伊藤作品を読んだことがある人には、それが分かるはずだ。わたしはこれを道標なのだと思う。
 魂とは何か? 死とは何か? 本作は伊藤が遺したそんな問い、標。これはそんな標を辿った円城なりの答えなのではないだろうか。
 もちろんながら本作は、今まで伊藤作品や円城作品を読んだことのない人も、問題なく楽しむ事ができる。めいっぱいの冒険と良質な哲学が、この作品には詰まっている。ぜひともこの物語を紐解き、その楽しさを味わってほしい。

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