屍者の帝国

  • 『屍者の帝国』

  • 伊藤計劃,円城塔
  • 河出書房新社
  • 1,890円(税込)
  • 2012年8月
  • 日本SF大賞作家・伊藤計劃著の未完の絶筆を、芥川賞作家・円城塔が引き継いで完成した本作。秘密諜報員ワトソンの「屍者」をめぐる冒険がいま幕を上げる……。

別世界から問いかける

推薦文No.5-2
甲南大学文学研究会

 私はSFやファンタジーといったジャンルが嫌いだ。現実に即さず、作者の考える世界観を伝えるために冗長な文章で一つ一つの言葉を説明し、創作された新しい語を必死に追いかけ覚えるばかりで、結局書きたかったことはそんな世界観無しにでも伝えられそうなことか、あるいはそもそも何が伝えたかったのかわからない。SFだのといったジャンルは全てそんな作品だと思っていた。
 伊藤計劃はそんな私の凝り固まった考えを砕いた作家だ。生まれて初めて面白いSF小説を読んだ。彼の作品はSFとしてのエンタメ的な面白さを保持したまま、文学的なテーマを内包し、読者に問いを投げかけてくる。
 『屍者の帝国』は十九世紀末、フランケンシュタイン博士が生み出した技術により死体の屍者化が行われているという設定だ。霊素、魂を機械的に脳に注入することにより死体を動かすことが出来る。その屍者が当たり前の世界の中のロンドンで、一人の医学生ジョン・H・ワトソンが諜報員となり、世界をまわり、最終的には、屍者を、魂を究明していくこととなる。
 魂とは、自我とは、意志とは何か、というこの問いを真に読者に問うために、この世界観を欠かすことはできなかっただろう。
 考えてもみて欲しい。この現実世界で魂とは何なのかとの問いに、あなたはどうやって答えを出すことが出来るだろうか。私にはできない。自分に魂があるとすらはっきりとは断定できない。私の考えは本当に私のものなのか。哲学の領域に足を突っ込むこの問いを現代社会の範疇で答えようとすれば、何らかの宗教の教典に載っている神の言葉を借りるくらいしか答える方法はない。
 『屍者の帝国』ではこの問いにより近づくことができる。答えを出せるとはいわない。しかし、想像の世界からだからこそ投げかけることができるものもあるのだ。
 ただ、実際に読む際にこんな小難しいことを考えようと思って読む必要はない。読み始めればあなたは十九世紀の、屍者が当然のように動いている世界に引き込まれる。息を詰まらせながら物語を追い、必死にページを捲っていれば、自然とこの問いに行き着くはずだ。
 今はなき伊藤計劃の、ほんの三十ページほどを円城塔が引き継ぎ創りあげた『屍者の帝国』。死の淵を見ながらこの作品を創りだした伊藤計劃が考える魂とは何だったのか。
 伊藤計劃と円城塔が別世界から投げかける、一生をかけてもわからないであろうこの問いに、一度でも真摯に向き合うことは決して無駄にはならないはずだ。

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