アニバーサリー

  • 『アニバーサリー』

  • 窪美澄
  • 新潮社
  • 1,575円(税込)
  • 2013年3月刊
  • 戦後を生き抜いたマタニティ・スイミング講師の晶子と、家族愛から遠ざかり望まぬ子を宿した真菜。二人の半生と心の交流を描いた、東日本大震災後の世界に贈る物語。

母なる小説

推薦文No.1-1
中央大学文学会

 あなたは今までに「母」と呼べるような本に出会ったことがあるだろうか。もし、私がこの質問をぶつけられたらどう答えるか。答えはひとつだ。「アニバーサリー」と答える。
 「アニバーサリー」は、75歳で現役のマタニティースイミング講師の晶子と、望まぬ子を宿した真菜が三月十一日の震災をきっかけに出会うところから始まる。物語は、晶子の過去、真菜の過去、晶子と真菜の生活の三層から描かれる。晶子の過去では、三月十日の東京大空襲、八月十五日の終戦やそこからの復興などを背景に少女晶子の成長を、終戦後の高度経済成長、ベビーブームを背景に、仕事に没頭する夫と家を支える母親としての晶子を描いている。これがあくまで「市民の目線」で描かれているところが窪美澄の力と言える。英雄や悲劇のヒロインではなく、一市民として描く。教科書の中でしか知らなかった時代であるのに読んでいると、まるで同じ時代を生きているように感じる。
 真菜の過去は、ノストラダムスの大予言や女性の社会進出などが背景になっている。ここまでくると同年代の人もいるだろう。家庭に父母がいない生活。恵まれた環境で暮らしているのに満足感がない。そういう私たち若者が一度は感じたことがある漠然とした不安を繊細に捉えている。
 そして、震災。晶子と真菜が出会い、二人が過ごしてきた人生が絡み始め、真菜は母親に成長していく。震災に対する真菜の心情は、私を見て書いたのでは、と思ってしまうほどするどく、容赦がなく、口には出さなかった思いをさらけだしていく。
 しかし、結末に辿りついたとき、心の中の不安が消え、安心させられる。批難するでもなく、悲観するでもなく、ただ受け入れられる。そういう強さと優しさをそっと感じさせてくれる。叱られた後に泣いている子供を抱きしめる母のように、そっと包みこまれる。こんな読後感を感じさせてくれる本を私は『アニバーサリー』以外に知らない。世界が厳しい状況でも、時代が変わっても私たち人間が持っている力強さを教えてくれる。将来を悲観するのは、この力強い『母親』と出会ってからでもいいのではないだろうか。

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