鳥葬 まだ人間じゃない

  • 『鳥葬 まだ人間じゃない』

  • 江波光則
  • ガガガ文庫(小学館)
  • 620円(税込)
  • 2013年5月刊
  • かつて犯した「殺人」の過去を交換した八尋が死んだ。主人公・陵司に「過去に殺される」とのメールを残して。事件の記憶を核に、少年少女の心の内を描く群像劇。

最優秀推薦文

最近、俺のTwitterの様子がちょっとおかしいんだが。

推薦文No.9-1
関西大学現代文学研究部

 いきなりだが「人は死んだらどこにいく?」という問いに貴方はどう答えるだろうか?
 正解を出せというわけではない。むしろこの問題に正解なんてものは無いだろう。とにかく何でもいいから、自分なりの答えを出してみてほしい。
そして、それができたらこの本を手にとってもらいたい。この本には、質問の答えの1つが書いてある。

 本作は1人の少年の死をきっかけにして始まる。ラブホテルで首を吊って死んだ、他殺か自殺かもわからない彼の死と、それに関係する主人公たちの物語だ。
しかし読み始めればわかるが、作中では「彼がどうして死んだか」というよりも、むしろ「彼がどのように生きていたか」が話題の中心になっている。それも、「現実の彼がどのように生きていたか」ではなく、「ネット上の彼がどのように生きていたか」ということが。

 最近、初めて会った人が名前を聞いた次に「SNSやってる?」と聞いてくることが少なくない。むしろ、それらに登録しているのが当然かのように話しかけられることすらある。
 私自身もいくつかのSNSを利用しているが、しかし実際に会った人にSNSのことを聞かれる度に、「それを見てあなたのことを判断するから」と言われているように感じてしまう。
 勿論、そのSNS上にいるのは紛れもなく私だ。しかし同時に、見られたくない私でもある。
 例えば、友達に対する接し方と家族に対する接し方で違うところはないだろうか?この人にだけはこう思われたくないと思ったことはないだろうか?そういう、自分が見せたくない面を「見せて?」と他人に問われた時、貴方はどう思うだろうか?

 SNSは、そういう可能性を可視化してネット上に生かし続けるシステムだと本作では言っている。そこでは、削除されないかぎりその人のことが文字で、写真で、データとして残り続けるのだと。そして、ある人が現実に死んでしまったとき、その人がネット上に残したその人自身は、ほとんどの場合消えることなく永遠に残り続けるのだと。
 つまり、本作の出す「人は死んだらどこにいく?」の答えは、「残り続ける」というものだ。まるで腐らない死体のように、ただそこにあり続ける。ゾンビのように生き続ける私たち。

 日々を生きている私たちは、消してしまえるデータを軽視してしまいがちである。どうせ誰も見ていないだろうから、問題があったら消せばいいからと軽々しく考えてしまうことがある。けれど、それらのデータはあくまでも自分自身なのだ。消してしまえるデータは、消してしまえない自分に帰ってくる。あったことはなかったことにならない。
 この作品は、なかったことにしようとする私たちの姿をくっきりと映し出している。何も消えることなどないと、そう私たちに告げているのだ。

 では、最後にもう1つ質問をしよう。
 「目の前に残り続ける見たくないものを、貴方はどうしますか?」
 その答えも、この本に書いてある。

推薦文一覧へ戻る

最終候補作品

候補作品