know

  • 『know』

  • 野崎まど
  • ハヤカワ文庫JA
  • 756円(税込)
  • 2013年7月刊
  • 超情報化社会。人造の脳葉<電子葉>の移植が義務化された2081年の日本・京都。情報庁・官僚の御野・連レルが出会う少女、道終・知ル。彼女はすべてを知っていた。

知ルセカイ

推薦文No.12-4
法政大学文学研究会

 SFはどうしても想像のつきづらい、未来を舞台として私たちの知らない世界を描いているようなことが多いように思う。もちろんそれがSFの醍醐味であるし、それこそがSFのSFたる所以でもあるだろう。しかしそれ故に固定化された舞台を理解できないと面白くない、そういう一面もSFは持ち合わせている。

 『know』は読んでみるとわかるが、そのSFらしさがない。けれどもしっかりSFなのだ。

 舞台はほんの少しだけ未来の、私たちから二つほど先の世代の日本。タイトルであるknow、「知る」ということが私たちの「知る」とは変わり、「知識」というような意味合いになった世界で話は進んでいく。溢れすぎた情報を処理するため、誰もが脳に電子葉というものを取り付けた超情報化社会。そこは得られる情報が自分のクラスによって決められている、奇妙なディストピアのようにも捉えられる。そんな社会の上位クラスである主人公は先生と慕った人物が残した少女と出会い、この二人を中心に物語は展開していく。

 この知ルと名乗る少女は、すべてを知っている。例えば目の前で会話している相手が心の中で考えていることであったり、飛んでくる弾丸の軌道だって、なんだって知っているのだ。だからなのだろう、かわるがわる女性を抱いたり電子ドラッグを楽しんでいるような堕落した主人公を、知ルはこうなるのは必然だとばかりにぐいぐい引っ張っていくのだ。どこへって、それはもちろん自分の知らないことを知ることができる場所へ。すべてを知っている少女は、知らないことだって知っている。

 ほぼ全知全能と言っていいような天才少女が、それでも貪欲に先へ先へと向かっていくさまに、私は恐怖と興奮が入り混じったような感情を抱いた。すべてを知る少女が知りえないこと、それはつまり人間がまだ知らない、知ってはいけないことなのではないか。

 純粋な知的好奇心の集合体に人格を与えたならば、きっと知ルのようになるのだろう。けれども知ルは圧倒的に少女なのだ。それでいて人間的であり、可愛さを持ち合わせた知ルは読んでいて時折全知なのだということを忘れてしまう。

 物語は知ルの知りえないことへ向かい収束していく。そして私たちもそこでついに、知ルが知りたかったことを知ることができる。だがしかしそれは、はたして「知る(know)」べきことだったのだろうか。SFらしくないが不思議とSFであり、少し先の私たちを描いているからこそ、そう思ってしまうのかもしれない。知らないことだって、世界にはあったほうがいい。

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