ペンギン・ハイウェイ

  • 『ペンギン・ハイウェイ』

  • 森見登美彦
  • 角川文庫
  • 660円(税込)
  • 2012年11月刊
  • 郊外の街に突如現れたペンギンたちと、歯科医院の不思議なお姉さんにまつわる謎。「それが君の答えか、少年?」小学4年生のぼくが研究の果てにたどりついたものとは……。

大人になってしまった我々のために

推薦文No.15-2
国際基督大学ICUペンクラブ

 森見登美彦といえば、京都を舞台として、阿呆な大学生のちょっと不思議だが心あたたまる(あるいは笑える)話をたくさん書いている作家という印象がある。卒業論文の〆切が迫る中、つい本屋に立ち寄り、つい読みふけってしまう、私のような大学生の強力な味方だ。氏の著作を読めば、阿呆でもなんとかやっていけるだろうという変な自信が湧いてきて、しまいには進んで阿呆になろうとさえ思う。もはや阿呆な大学生のためのバイブルと言っても過言ではない作品すら生み出されている。
 だが、森見登美彦=阿呆大学生のための救世主、という認識は改めねばならない。この『ペンギン・ハイウェイ』には、我々のような阿呆な大学生は登場しないのだ。私は愕然とした。彼はいつものように我々を肯定してくれると思っていたのに。だが、落胆するのは筋違いである。当たり前だが、氏は阿呆を救済するために小説を書いているわけではないのだ。
 さて、それでは『ペンギン・ハイウェイ』とはどういう話であるか、簡単に説明しよう。主人公は、勉強熱心で博学な、見聞きしたことを漏らさずノートに書き留める小学4年生の少年である。ある日、彼の住む街に突如ペンギンが現れるという怪事件が発生する。しかも、どうやら歯科医院のお姉さんの持つ不思議な力が関係しているらしい。少年はこの謎を解き明かすべく、研究を始める。
 主人公の少年は子供らしくない。あえて悪く言えば、理屈っぽくて生意気である。なんでも、幼少の頃から怒らないことに決めているのだという。腹が立ったら、おっぱいのことを考えるのだ。この偏屈さと変態ぶりは、なるほど、将来大学生になったときが楽しみな、素質のある少年ではないか。思わず意地悪な笑みを浮かべてみる。
 もちろん彼のキャラクターはこの作品の魅力のひとつにすぎない。設定の奇抜さにもわくわくさせるものがある。そんな中で私がもっとも気に入ったのは、世界が広がっていく感覚である。少年の一人称で語られるストーリーは、彼の日々の研究をそのままたどっていくような感覚を読者に与えるのだ。水路の上流を探る「プロジェクト・アマゾン」をはじめ、少年は友人とともに自分の足で世界を広げていく。我々もかつてはそうだったはずだ。私にも、彼ぐらいの年頃には、近所の遊歩道をひたすら歩き、どこにつながっているのか探しに行った記憶がある。惰眠を貪り酒を飲み、課題は見て見ぬふりをする、なんとも腐敗した大学生活を送る私でさえ、だ。しかし、いつの頃からかインターネットに慣れきってしまい、長らく間接的にしか世界に触れていない。あの頃の感覚は、この本を読むまでどこかに置き忘れてしまっていたらしい。とにかく、少年の後ろをついていくように彼の冒険をたどっていると、不思議な出来事を、そして世界を直接見ているかのように思えてしまうのだ。森見登美彦の文章力と構成力のなせる技だが、少年の探究心の賜物でもあるのは言うまでもない。
 少年は実にかわいげがない。最後は少ししんみりとしてしまうが、彼は決して泣かない。ここまで彼と一緒に冒険してきた大人は泣いてしまうかもしれないのに。泣いてもいいんだよ、と優しく抱きしめてあげたくなるのに。彼はまっすぐ前だけを見ている。大人のように立ち止まりはしない。ペンギン・ハイウェイを駆け抜けることだけを考えている。我々はどうか。子供の頃に掲げた将来の夢を実現しようとしている大学生は、果たしてどのくらいいるだろうか。愚直に最初の目標を目指すのではなく、途中で現実的な路線に変更する大人が、どれだけいることか。大人の忘れてしまった強さが彼にはあって、それが少し眩しい。
 大人になるにつれて、我々は少しずつ大切なものを失っていった。読後の余韻は、阿呆な大学生だけではない、大人になってしまった我々のために、静かに広がる。まるで、少年が我々を抱きしめてくれているかのように。

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